登校コース3年次・江口晴香さん 毎日新聞社賞受賞!!

  • 全国

2023.02.03

第68回 青少年読書感想文全国コンクール

喜びの江口晴香さん(中央)と担任の中島先生(左)、文芸同好会顧問の小山先生(右)

喜びの江口晴香さん(中央)と担任の中島先生(左)、文芸同好会顧問の小山先生(右)

登校コース3年次の江口晴香さんが、「第68回青少年読書感想文全国コンクール」(全国学校図書館協議会・毎日新聞社主催)で毎日新聞社賞に選ばれました。応募総数は297万6172編、参加2万4459校という大きなコンクールです。
江口さんは高等学校の部の課題図書『その扉をたたく音』(瀬尾まいこ 著)について書きました。受賞感想文全文を以下に掲載します。

 

扉は開かれる    江口晴香

 「その扉をたたく音」。何が「その扉」を叩いたのか。宮路の「扉」を開いたものは何か。私の「扉」はどうやって開かれていくのか。読了後、いろいろな思いが心の中を満たした。
 これはきっと未来の私への贈り物だ。
 主人公、宮路は二十九歳。父親からの仕送りを頼りに、ミュージシャンになる夢を諦めきれず怠惰な生活を送っている。理想ばかりが高く、それでいて必死に努力するわけでも、何かに夢中になるわけでもない。私は宮路に嫌悪感を覚えた。今まで何度も自分の進路で大いに悩み、立ち止まって考えてきた。これから何を学び、どんな夢を実現させるか。理想とする自分にどうやって近づいていくか。考えれば考えるほど、身動きが取れなくなっていく私にとって、人生に立ちすくむ宮路の姿はもしかしたら十年後の自分ではないか。そんな思いがよぎった。
 この物語は宮路と老人ホームの介護士の渡部、入居者である水木さんと本庄さんとのふれあいを中心に進んでいく。初めて老人ホームを訪れた日、宮路は渡部の奏でるサックスの音に心を奪われる。一介の介護士でしかない渡部のサックスの音色は、宮路のギターの音とは何かが決定的に違っていた。決して裕福とは言えない祖母との二人暮らしの中で、彼は直面する現実に折り合いをつけながら、日々の生活を淡々と、しかし丁寧に積み重ねてきた。だから渡部のサックスは、人間の内面にある濁りや汚れを削ぎ落としたように澄んでいて、いつも真っ直ぐ相手の想いに向けられているのだろう。それに対して宮路は自分自身を音楽の中心に据えている。それゆえどうしても誰かの心と響き合うことが難しい。老人ホームのボランティアコンサートでも、宮路は決して自分の音楽スタイルを崩そうとはしなかった。そんな二人が、老人ホームのコンサートで共演することになった。この対極にいるような二人の考えは噛み合うはずがなかった。
 しかし、人との関わりというものは不思議で、一見短所に思えるようなことが、その人にとっての大切な根幹であるかもしれないし、立場を変えれば、それが人を触発するような、化学反応のきっかけになったりすることもある。まさに宮路と渡部は、お互い自分に欠けているものを補完し合うように、友情を深めていった。音楽がもたらす人との繋がり、そこから生まれる温かさ、心地よさ。宮路は渡部と音楽を創り上げながら、自分が音楽に固執していたが故に見失っていた、本当に求めているものを見つめ始める。コンサートのプログラムが仕上がるにつれ、私は宮路に共感していった。自分の心に素直に向き合う宮路の姿は、不安な今を生きる私にとって希望のように思えたからだ。
 物語の最後、宮路は長い間手放せないでいた音楽に区切りをつけ、ハローワークへ職探しに行く。いったい何が宮路をそうさせたのだろうか。宮路を「ぼんくら」と呼び捨てながらも、我が子のように気に掛けている水木さん。ウクレレが弾けるようになりたい一心から宮路を師と仰ぐ本庄さん。目の前の二人のために、宮路は奔走する。誰かに喜んでもらいたい、そんな経験を重ねながら、宮路は知らず知らず相手目線で行動するようになっていた。相手目線になって、と言うことは容易だが、自分の考えを手放す、ということはそう簡単ではない。「今の生活に踏ん切りをつけないのは、自分が本当は何をしていいのかわからないからだ。」と宮路自身が回想するように、自信がなければ、必死にしがみついているものを手放すことは私にはできない。しかし、それぞれの人生が思わぬ方向へと動き出す。生きる意味を失いかけていた水木さんは、最期に人生最高の思い出を手にし、図らずも水木さんの死によって、宮路は自立への一歩を踏み出した。認知症で自らの記憶を失いつつあった本庄さんには、生きている確かな手応えが残り、渡部も今まで気付かないでいた、自分の本心に素直になろうとしていた。彼は育った環境から、自分の想いに熱くなったり、誰かに甘えたりするのが苦手だ。しかし、宮路の強引なまでの純粋さが閉ざしていた渡部の心の扉を叩いたのだ。何気ない出会いと当たり前の日常の中に、これほどまでの計り知れない奇跡が潜んでいた。
 人間は一人一人違った人生を歩みながら、たくさんの人に出会い、別れていく。一人として同じ人生がないから、それぞれの人生が響き合う。宮路は様々な出会いの中でずっと開くことのなかった未来への扉を開けることができた。もしかすると、その扉は自分で開くものではなく、たくさんの響き合いの中で自ずと開かれるものなのかもしれない。だとすれば、乗り越えられないと思うような壁にぶつかり、何かと立ち止まってしまう私も、人との響き合いの中で扉は開かれるにちがいない。

 

NHK学園での高校生活で、上記読書感想文コンクールを始め、さまざまなことに挑戦してきた江口さん。今回の受賞の感想と合わせて、いろいろなお話を聞きました!