【卒業生インタビュー】科学作家・近藤龍一さん

  • 全国

2022.01.30

近藤龍一さん

近藤龍一さん

2021年8月に上梓された『独学する「解析力学」』(ベレ出版)の著者・近藤龍一さんは、NHK学園高等学校の卒業生です。2020年3月に卒業後、イギリスのThe Open University, School of Physical Sciencesに入学し、現在は日本にいながらオンラインで物理学を学んでいる近藤さんにお話を聞きました。

いつも「独学」。すべては本から学んだ。

――オンラインの大学で学ばれていますが、どんな毎日を送っていますか。
近藤さん:ディスカッション以外は、動画教材を見て、小テストを受けて、レポートを提出し、期末テストを受ける、といった感じでNHK学園での学習スタイルとあまり変わりはありません。テストで規定以上の点数が取れていて、提出物が期限内に出せていれば単位が取得できます。疑問や気になることがあるときに気兼ねなく質問できる人(教授)がいるのがいいですね。あと、執筆と研究に時間が割けるのもうれしいです。おかげで、2冊目の本も20歳を迎える前に出版することができました。アメリカの大学に進んでいたら一般教養科目をたくさん履修しなければならず、これほど自分の時間が取れることはなかったでしょう。

 

――中学生の時に執筆し、高校生の時に出版にこぎつけたという『12歳の少年が書いた 量子力学の教科書』(ベレ出版)に続く出版ですね。2冊の本には「独学する」という共通点があります。
近藤さん:僕自身が何かを学ぶときは、全部「本」から学んできました。小さい頃から本当に本が好きで、いつも本から新しい興味の対象についての知識を得てきました。誰かに教えを乞おうという考えがありませんでしたし、知りたいことがあれば自分の興味の赴くままに自ら学ぶものだ、という思いがあります。

 

――12歳で量子力学の本を書くに至るまでも、どなたかについて学んだということではないのですか。
近藤さん:はい。全て独学で学びました。ただし、物理学はこれまで学んできた分野とは違って数学の予備知識がかなり必要でしたので、並行して数学の勉強を進めました。始めは三角関数も微積分も知らなかったので大変でしたが、それらは単なる計算規則と割り切って、意味は後で掴むことにしました。その内数式の物理的意味がわかってくるようになると、自然の動き方や構造が簡潔な数式で見事に記述できていることに感銘を受け、ますます物理を究めたいという思いが強くなりました。

その過程で生じた疑問はたくさんありましたが、同じテーマの別の本を読んだり、疑問はとりあえず置いておいて先に進んだりしました。幸いにも物理学の理論には階層性がありますので、生じた複数の疑問は一気に解決したりします。数理系の勉強は最初はわからないことの方が多いですが、それらの疑問を解消した瞬間の嬉しさは他の分野ではなかなか味わえないものと言えるかもしれません。しかも、誰かに教えてもらったのではなく、自分の力で解消したとなればなおさらです。

 

物理学との出会い

――さまざまな分野に触れる中で、ご自分の探究するべき道は「物理学だ」と思ったきっかけは、何でしたか。
近藤さん:興味を持つきっかけになったのは、9歳のときに偶然手に取ったホーキング博士の著書です。例えば、「時間も空間も一定ではなく、伸び縮みする相対的なものである」などの、自分の常識では考えられないことが、理論的に説明でき、むしろそちらの方が基礎の土台となってこの自然界が成り立っているということに驚きました。そして、そのような自然の仕組みを数学で探究できることにおもしろさを感じました。

 

――幼い頃から、自分から遠い世界に興味を持つところがあったとか。

近藤さん:物理学に出会う前は、古生物学に強い興味を持っていました。図鑑を見ていると分類が「不明」になっている生物があるんです。分類は何になるのか、自分なりに予想していました。あとは、世界史や世界地理も好きでした。自分にとって身近でない事物が好きなんです。

 

最初の本の執筆から出版まで

――最初の本の執筆にはどれくらい時間がかかりましたか。
近藤さん:もともと人に説明するのが好きで、「自分なりの本を書きたいな」という思いを抱いたのは小学校5年生ぐらいのときです。高校受験に時間を取られたくないから、中学受験をして中高一貫校に入学したいと両親に言いました。誤った理解をしないために家庭教師をつけてほしい、とも。受験勉強の間に構想を練り、中学受験後から執筆を始めて、中1の9月には書き上げました

 

――本の売り込みも自分でされたとうかがいました。
近藤さん:最初は、名前を知っている出版社にアポイントを取って直接原稿を持ち込みました。執筆後に、ドイツの高校生が書いた量子力学の入門書があることを知り、まずはその翻訳を出版している大手の版元を訪ねましたが、門前払いでしたね。今振り返ると無謀だったな、と思います(笑)。実績もコネもない中学生の本を出版してくれるという出版社はなく、今度は理工系の本を出版している出版社に絞って、13社に原稿を送り、そのうち3社からよい反応を得ました。交渉の結果、この本の価値を理解して、著者のことも考えてくれていると感じたベレ出版に依頼することにしました。単なる話題性だけで、中身がなければすぐに売れなくなるものですが、嬉しいことに現在第10刷まで増刷を重ねています

 

NHK学園はどんな学校?

――中学受験で入学した学校からNHK学園に転入学されたのでしたね。
近藤さん:もっと物理学の勉強のための時間が欲しいと考えて、転校しました。

 

――入学してみてNHK学園はどんな学校でしたか。
近藤さん:前に在籍していた学校と比べて、教員と生徒の距離が近いと感じます。先生たちが話をよく聞いてくれて、自分のやりたいことにとても協力的でした。自分で考えて、自分でスケジュールを立てるのが好きな自分には通信制が合っていると感じました。こういう学校はあるべきだと思います

 

高校で学ぶ意味

――多くのことを独学で学んできた近藤さんにとって、高校での勉強とは何でしょう。高校に行く意味はどこにあると思いますか。
近藤さん:僕は今、物理学を学んでいますが、学位は持っていません。僕が大学に行っているのは、大学院に入学するために必要な学位を取るためというのが最も大きな理由です。すでに進みたい分野が決まっている場合には、高校も同じではないでしょうか。「高校卒業」という目標を達成するために入学するのであれば、主眼は「どこの高校か」ということではありません。目標達成のための負担が大きすぎないことを主眼に選ぶことになるでしょう。
一方、進みたい分野が決まっていない人にとっても無駄な学びはありません。例えば、数学は何より厳密であることを重んじるので、「抜け道のない考え方」が非常に重要で、そのことは法学においても同じで、数学の論理的な方法論が後に法律を学ぶ際に生きてくる、ということもあると考えます。他にも、文学(国語)は文章力や説明力を、哲学や社会科は思考力を養うことにつながるはずです。僕も昔から文学書や哲学書などをたくさん読んできましたが、考えを巡らせたり、文章を書いたりする上で参考になることがたくさんあります。
要は、何事も活かし方次第ということですが、たとえ数学での学びはやはり何の役にも立たなかったと感じたとしても、それは数学を使う必要のない道に進んだだけで、言うまでもなく数学が実際に役に立っていないという訳ではありません。これは英語、古典あるいは家庭科などに置き換えても同じです。

僕は、少なくとも大学4年までに学ぶことは本だけでも十分に学べると思いますが、生じた疑問を専門家に質問できたり、自分の視野を広げる経験が得られたりできるのが、高校や大学に行く大きな意義ではないでしょうか

 

――今後はどのような活動をしていきたいと考えていますか。
近藤さん:研究が第一ではありますが、教育活動や執筆も研究者の大事な仕事の一つと考えています。どの分野も専門家だけのものになってしまっていたら、いつしか衰退してしまう。だからその分野の知識を使える人の裾野を広げるために、教育や知らないことを知るための本の執筆もその分野を支える重要な仕事だと考えています。

 

オンラインでのインタビュー。最後にカメラを360度回して近藤さんの自室を見せてもらうと、窓とドア以外の壁は本、本、本だらけ!「ここにある本も両親が購入してくれたものばかり。やりたいことをいつも支援してくれます。」とご両親について語ってくれました。