11/1 ❝福岡ハカセ❞がN学へ!③『特別講座』概要(第2回)

  • 東京本校

2019.11.18

福岡伸一先生の特別講座(第2回)

11月1日(金)に実施しました分子生物学者の福岡伸一さんによる『N学特別講座』。お話の内容を3回に分け、お伝えししています。今回は第2回で、文中の“私”は、福岡さんご自身を指します。                                    “福岡ハカセ”の生命を捉えなおす ~動的平衡の視点から~

 

第2回 “GP2ノックアウトマウス”が教えてくれたこと

ここにレーウェンフックの顕微鏡と同じ性能の300倍の膵臓の写真があります。白いところが細胞核で、折りたたまれた染色体が入っています。ヒトならば、21000種のタンパク質の設計図が書き込まれています。私が研究を始めたころ、分子生物学の対象は“細胞の森”――未知の遺伝子やタンパク質だらけでした。研究がどんどんミクロ化してゆく時代でした。

そこでの私の小発見は、GP2遺伝子とよばれる遺伝子が、糖タンパク質をつくる設計図を明らかにしたことでした。GP2というタンパク質の役割を調べるためにしたのは、まず、“GP2ノックアウトマウス”という、GP2遺伝子を持たないマウスを作り上げることでした。GP2遺伝子が作るものが欠けているマウスに、どんな異常が起こるか調べれば、GP2が体の中で何をしているかわかると考えたのです。実際に、“GP2ノックアウトマウス”を作るのには、3年の歳月とポルシェ3台分のお金がかかりました。そうして作り上げた“GP2ノックアウトマウス”を育てて、どこかに異常がないか健康診断をしました。ところが、何も異常が見えてこないのです。寿命や生殖にも問題はなく、世代を超えても(子や孫の代になっても)異常はありませんでした。つまり、成果がなかったのです。

前に進めないときは後ろを振り返る、ということで私は過去の科学史を紐解いてみました。すると、「機械なら部品が一つ欠けるとアウトだが、生物は無いなら無いなりに何とかしてしまう。生命は機械でなく流れなのだ」という考え方に行きつきました。言い始めたのは、ルドルフ・シェーンハイマー(1898~1941)という忘れ去られた科学者(生化学)です。これは生命観のパラダイム・シフト(それまでの通念を覆す大転換)であり、私が使っている『動的平衡』の根本をなしています。

シェーンハイマーのテーマは、「生物は、なぜ食べ続けなければいけないのか?」というものでした。従来の機械論的生命観では、『ヒト―食糧』の関係は『自動車―ガソリン』の関係に相当すると考えられてきました。彼は、生物が食べたものと排泄したものの収支を研究することによって、機械論的生命観の間違いを明らかにしたのです。『食べる』というのは単なる燃焼(自動車ならエンジンを回す)だけではなく、食べたものが肉体の一部に置き換わり肉体の古い部分が排泄される、つまり、体の中身を入れ替えていく作業であることを解明しました。例えば、消化管の細胞は2~3日で入れ替わるので、その残骸は結構ウンチに含まれています。入れ替わるペースは、筋肉や血で数週間、骨や歯で数か月です。一年たつと、みなさんの体の成分は全部入れ替わってしまう。そういう意味では、別人になっているので、一年前に約束をした自分と今の自分は別人なんだから、その約束は守らなくてもいいといえるかもしれません。「生きている」というのは、あの方丈記の冒頭「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」と全く同じことです。動的平衡とは、動きつつも一つの有機体としての統一を保っている状態です。変わらないために変わり続ける、分解と合成の絶え間ない均衡、そこでは作ることよりも壊すことが優先されます。

生命のもう一つの特徴が、「相補性」です。体のあちこちで欠損が起こっても、まわりがその欠損の形を記憶していて修復します。ジグソーパズルで、真ん中の1ピースが欠けていても、周りのピースがそろっていれば、欠けたピースの形がわかるのと一緒です。このように、機械のようにがっちりしておらず壊しながら作り直していく、それが生命です。

GP2に戻ると、そのタンパク質の役割は、消化管の中にいて、マウスが腐りかけて食中毒を起こすサルモネラ菌が繁殖した食べ物を摂ったときに、菌を検知し体に菌と戦う指令を出す、というものでした。そのような役割は、生命の「相補性」もあったうえ、苦労して時間とお金とをかけて作り上げた“GP2ノックアウトマウス”を、私たちは大切にきれいな環境で育てていたこともあり、なかなか見えてこなかったのです。今振り返ると、ドブネズミのような不潔なものと一緒にしたらよかったのです。「可愛い子には旅をさせよ」ということわざは、“GP2ノックアウトマウス”にも当てはまっていました。このGP2の研究成果は、飲むワクチン開発の可能性を開いたものとして評価され、研究が続いています。


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