栗山英樹さん講演「自分を信じる力」後編

2023.06.06

5月19日(金)、NHK学園東京本校に栗山英樹さんがいらっしゃいました!
2023年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で野球日本代表監督を務め、みごと優勝へ導いた栗山英樹さん。在校生とその保護者向けに開催する<N学特別講座>の講師として、「自分を信じる力」をテーマにお話くださいました。前編に続き栗山さんのお話をご紹介します。

自分のスイッチは自分でしか入れられない

最近僕の向き合っている選手は、そんなにみんなと世代は変わらないです。今回代表の若かった選手はだいたい22、23歳ぐらいの選手が多いんです。だからみんなからするとあと3、4年とか、それくらいの世代になります。
どうやったら一人ひとりの力を引き出してあげられるのかな、ということをいつも考えています。多分、人というのは、みんなタイプは違うんですけれども、必ずその人の特徴があって、良さがある。僕らも含めてみんなダメなところも持っていて、それをうまく良さを引き出しながら結果を残させてあげるということを考えるんです。

今一番やっていて楽しいことは何ですか。
自分が楽しかったり、嬉しかったりすることって積極的にできますよね。それも長くできる。僕は野球選手と、野球を職業にしている人たちと向き合っているので、野球に必死になってもらうには、いくら他人に「がんばれ」とか「一生懸命やれ」とか言われても、全然効かないです。結局自分で自分のスイッチを入れるしかないです。何かの理由で。他人に上手くしてもらおうとか、頑張らせてもらおうとか、絶対あり得ないです。最後は自分でスイッチを入れるしかなくて、我々はその手伝いをするんです。そのために、野球やっているときが一番楽しいと思えたら、多分すごく野球をがんばれます。野球を中心にできます。その代表が、彼、大谷翔平選手だと思うんです。

 

 

野球がいつも真ん中にある大谷翔平選手

(大谷選手がバッティング練習する様子の動画を見せて)
この画像、自分の携帯電話に残っていたんですけれども、2016年にファイターズが日本一になった年の12月24日、クリスマスイブの夜中の1時くらいです。これはファイターズの合宿所なんですけれども、夜中の1時くらいから翔平がバッティングフォームを変えながら打ち始めたときに、ある人間から、「クリスマスプレゼントです。監督が一番喜ぶものです。」と送られてきました。彼は朝方までずっと一人で打っていたんです。
日本一になった年のクリスマスイブなので、だいたい大切な人と食事をしたり、騒いだりというのが若い人たちの感覚だと思います。でも、彼の一番やりたいことってこれなんです。誰もいなくなった静かなところで、自分の思うようなバッティングフォームを作り上げたくて、必死になって野球の練習をしている。野球がうまくなるのが一番うれしいし、楽しいという証明だと僕は思います。

ファイターズ時代、二刀流という二つのことをやるとなると他人の倍やることになるので、まず余計な時間はない。野球のためだけに時間を使わないと2つやり切れない、ということを本人が理解したうえで前に進んでいました。

翔平は、野球選手としての感覚がとても鋭くて、バッティング練習をやっていても、自分の思うような打ち方ができないとプツっと止めてしまったりする。このまま悪いフォームで打っていても違う方向に行ってしまうと感じるんですね。
どちらかと言うと、僕はバッターが本職だと思っています。天性的に持っているのはバッターで、何もしなくても本当に能力があります。一方、投げるほうはあまりうまくなかった。今でもそうですけれども、ブルペンで投げていて、僕らも見ているし、ブルペンキャッチャーとかみんないるんですけれども、納得いかないとぷいっと止めてしまう。今投げてもプラスにならないという判断をする。
ところが、遠征先で、だいたいナイターなのですが、どんなに疲れていても、どんなに遅くなっても、午前10時には、リュックを背負ってジムに通う。これだけは欠かさなかった。彼がトレーニング中になんて言っていたかというと、「疲れてもいい。今じゃないです。」
普通、夜に試合があると、その夜のためだけに元気になって試合に出たいと考えてしまうけれども、今この時期にしっかりトレーニングをして鍛えておかないといけない、と意識していたので、いつもそう言っていました。
人に言われるのではなく、自分がこうしようというものが見えてくると、今何をしなければならないのかが勝手に見えてきて、彼に言わせると努力でもなんでもないんです。それが一番楽しいことだったり、嬉しいことだったりするから、どんどん前に進んでいく。
僕は「翔平、おまえすごい聖人君主みたいに言われることあるけど、例えば女の子とぱーっと飲みに行ったりとか、騒いだりとか、どうなのよ?」って聞いたことがあります。そうしたら、「監督、それ楽しいっすか?」って言うんです。
…「ちょっと楽しいかな?」って思うよね。(笑)

すごいプレーが出ると大拍手の前に一瞬静まり返るんですよ。あれは、静まり返らせた選手にしかわからない快感だと思います。例えば、ここ一番で度肝を抜くようなホームランを打つ。一瞬シーンとしてからわあーっとなる。あの快感以上のものは、人間の快感としてはないのかな、と思います。彼からすると5万人の観衆の歓声に包まれる、その感覚を知っているので、本人は努力をしているという感覚はないんです。生活そのものが野球にとってプラスかマイナスかという判断基準でいくだけなんですね。

 

 

WBC勝利への戦略

大会に入る前、日本にいるときに翔平は言っていました。「全打席打ちますよ」と。投げるのは、所属しているエンジェルスとの兼ね合いがあるので、そこはこちらも考慮する。ただ、打つのはその範囲外なので「全部立ちます」と。

正直言って、今回のアメリカチームは年俸で言っても、日本よりダントツでいい選手が出てきています。このアメリカをやっつけるためにどうしたらいいのかってずっと考えていたんです。
力の差ってどれくらいあるのかというと、普通にやると、多分、日本の3勝7敗ぐらいだと思います。やはり3回やって1回勝てるぐらいの感じなんだろうと僕は思っていました。それだけに全員の力を集結させて最後は行くって決めていたので、そのために、難しい準々決勝は翔平とダルビッシュを使って、準決勝に山本由伸、佐々木朗希と4本柱を使い切ってしまうという考えにいったんです。
それもいろいろ言われました。コーチの人たちにも、
「監督、決勝にピッチャー取っといたほうがいいんじゃないんですか。」
とかいろいろ言われました。

これが、当事者と客観的にみている人との違いです。周りはみんな「日本のチームならアメリカまでは簡単に行けますよ」と言いました。でも、僕は準々決勝までに負ける可能性ってすごく描いていて、責任者としてこわくてしようがなかったです。もし僕も客観的に見る立場だったらそう言うかもしれないですけれども、やはり当事者というのは周りの人とは感じ方が違うのです。

周りはこう言うし、先生はこう言うんだけれど、私はちょっと違う、というようなことはたまにあると思います。でも、その感覚というのは大事で、それをわれわれは選手たちがどう思っているのかも感じながらいくわけです。でも、僕はそういう感じでした。
2人ずつ使って決勝戦に行く。決勝戦は全員で投げる、という感覚でした。

 

 

本当に苦しいときが人間の成長のとき

みなさん、今ちょっと嫌なことや苦しんでいること、ありますか。
僕のことで言うと、日本代表の監督やって1年3か月ぐらいで大会が来るんですけれども、全然関係のない時期もやはりプレッシャーがあって、頭の中で考えているんです。もし、こういうメンバーになって、こうなったらどうしようかな、というのは、いつもどこかにありました。
厳しい戦いになればなるほど精神的に追い込まれて行きます。でも、人間は楽がいいので、本当に苦しくならないと前に進まないです。「極まれば転ず、転ずれば通ず」とよく言いますけれども、人間は困り切ってくると、何とかしなければいけないので、勝手に変化していきます。そのことが、人が成長する、大きくなる、一番の要因なんです。

彼は珍しいタイプだと思います。
大谷翔平のもう一つの特徴ですけれども、自分が苦しい状況とか、難しい状態に立てば立つほど、自分が成長できる、自分の違う力が発揮できると彼は知っていて、敢えて人がやらないことをやろうとする。僕なんかの年齢になると何となく理解できますけど、この若さでそれを知っているというのはすごかったな、と思います。

ファイターズ時代に、ホークスとソフトバンク追いかけていて、差が縮まらず、ある三連戦で連勝しないと優勝に届かないというときに、僕は大谷翔平に「1番、ピッチャー大谷」という勝負をしかけるんですね。何か劇的な勝ち方をしないと一気に勢いがつかないので。
本人を呼んで、「明日投げるけど、1番ピッチャー大谷でいきます。」と言ったんですよ。普通は「まじすか」とか「え」とか言うじゃないですか。何にも言わないです。うなずくでもなく、なんとなく理解して。本人どう思っているか、聞いたことがないからわからないですよ。でも、多分、「そんなことできたらまんざらでもないですね」「そういう宿題ちょっとうれしいかな、俺」とか、そんな感じかな、と思います。
難しくなればなるほど、成功しても失敗しても必ずプラスになります。工夫するし、努力するし、一生懸命やるから。そのことを自分が知っているかどうかははすごく大きいです。

 

 

決勝戦継投戦略の紆余曲折

勝ったから言いますよ、これは格好つけてます。
最初監督を受けたときに、最後のシーンはイメージしていました。最後日本が優勝するならこのシーンというのは頭の中に映像を持っていました。大谷翔平が最後三振取って試合に勝ってガッツポーズみたいなイメージは持っていた。というより、そうしたかったんですね。

ところが実際には、状況的には最後の試合投げる感じではなかった。

これは、駆け引きではないんですけれども、僕はダルにも翔平にも1回も決勝戦で投げてね、ということは最後まで言っていないです。本当のことを言うと、「投げてくれるよね」「投げるよね」「絶対投げてくれなきゃだめだよ」ぐらいに思っているんですけれども、一切知らん顔している。もちろん、そういう方向には仕向けていますよ。ただ、さっき言ったように、自分のスイッチは自分でしか入らないので、自分が「さあ行きますよ」と思わない限り、いい方向には進まないと思っているので。

アメリカに行って、ダルに「もし決勝戦投げたくなったら、言ってね」ということしか言っていないです。(笑)
翔平も、アメリカでは投げないという空気だったんですけれども、水原一平という専属通訳が「監督、昨日球団と話したんですよ」と言うんです。本人が投げたくて球団と確認を取っていると僕は理解して、本人と話してみることにしました。
翔平と結構長い間話して、僕は、翔平が「監督、決勝戦僕投げられますよ」と言うのを待っているんですよ。でも、全然そんな話にならないんですよね。(笑)ここは大人になったほうがいいな、と思って。「翔平、体大丈夫?」「思ったより結構張り取れてますね。」「OK」っていうやり取りをして、体の張りが取れれば投げられるだろうと解釈しました。

決勝戦、僕はリードして8回ダルビッシュ、9回大谷で勝ち切りたかった。それしか勝ち方はありませんでした。すごい打線なので、そこまでピッチャーを細かくつないでいくしかなかったんですね。逆に言うと、わかりやすい戦いではありました。
そもそも、だれが投げるかどうか決勝戦当日までわからないんですよ。
練習する前に「ダル、投げないかな~」って思っているんですけれども、聞けないので。(笑)そうしたら、ピッチングコーチが「ダル、投げるって言ってます。」と報告してきて。
ダルは8回って決めていたんですけど、ピッチングコーチもダルが良くないというのはわかっているので、「監督、ダルが8回で本当にいいんですか」と聞かれました。
「今回はダルのおかげでここまで来ている。それで負けても納得できる。8回でいってもらってくれ」と伝えました。

そして、9回は大谷に投げさせたいんですね。
アメリカの球場はブルペンがレフトの後ろ側にあるんですよ。日本はベンチの後ろにあるので、「状態見て判断」ということができるんですけれども、アメリカはブルペンが遠くてそれができない。練習のときに、レフトから裏の動線をすごく探して、1本だけあったんですけれども走ると5分ぐらいかかる。一応その確認だけして、練習終わったときに翔平を呼んで、「翔平、今日行くけど、9回…」って言ったら、「俺投げるって言ったら投げますから」っていう態度でした。
難しい状況になればなるほど面白がれる。そういう物事の捉え方って、非常に重要だなって思います。
ただ、相当プレッシャーはあったと思います。これはさきほど話した映画の中に出てくるんですけれども、翔平のプレッシャ―のかかった裏の表情とか、僕もあんまり見ないんですよ。監督って試合中一番前で立っているので、後ろで何してるかってわからないんです。映像を見て、こんなにプレッシャーがあって、こんなに必死になってくれたんだな、って僕も思ったぐらいだったので、そういうところを感じてもらえたらな、と思います。

 

 

生きているだけで素晴らしい

僕は毎日、気が付いたこととか、なんでああいうサインを出したのかとか、心に思ったことをノートにメモしているんです。

(自筆の「栗山ノート」の映像)
これは、10年間ファイターズの監督をやらせてもらって、最後の日に書いたノートの写真なんですけれども。この10年間、選手の成長を手助けするという仕事において、何が重要だったのか、何を指導者はしなければいけないのか、ということを思って書いたのがこのノートです。

生を受けるにも、もしかしたらクワガタに生まれているかもしれないし、鳥に生まれているかもしれない。自分が選んで人間に生まれたわけではないですよね。人が人として生活してこの世にいるだけで奇跡的なことだと思います。みんながどれだけ尊い存在であるか。
頑張ったほうがいいですけど、仮に頑張らなくても、何もしなかったとしても、人が生きているということはすばらしいことです。

野球選手もそうですけど、よく才能とか能力とか言うじゃないですか。確かに能力とか才能を持った人はいるかもしれない。でも、一番大事なのはそっちではないです。

人は生まれるときに、ちょっと変な表現ですけど、みんな天から手紙をもらって、何か使命、役割、仕事があって生まれてくる。自分がこのことをどうにかしなければならない。そのことがわかると自然と頑張れる。選手を見ていると本当にそう思います。
選手が入ってきたときの能力は本当にまちまちです。その選手たちがものすごくいい成績を残して大きなお金を稼ぐ。それが本当に幸せなのかどうか。もちろん、幸せかもしれない。けれども、そういうふうにはならないけれども、好きな野球をずっとそんなに給料が高くなくてもこつこつと一生懸命野球やって、野球の世界で全うしている選手たちを見ていると、とても幸せそうに見えます。自分がやるべきことがあって、自分が頑張って、で誰かのためになっている。そういう人達の表情って、すごくすばらしくて。結局、人ってそういうものなんだな、その手助けを我々はしなければならないんだ、と感じました。

ですから、もし、自分に対して不安になったら、大丈夫です。
今できない。全然OKです。
みんな、「今できないと将来もできない」と勘違いしているかもしれないけれども、いつかできるようになります。

大谷翔平の二刀流を始めるときも、初めの全体会議で、僕は言いました。
「できるできないは関係ないんだ。やるかやらないかだけなんだ。」
やっていたら必ず答えは見つかるはずだと言って、お願いをしました。できるかできないかという話と、今できるかできないかは関係ないんです。いつかできるようになればいいわけですよね?人って忘れてしまうので、そんなことを覚えておいてください。

 

 

今日よりも明日、自分が成長すること

もう一つ。結構みんなが苦しむ、変な苦しみは「比較」です。
誰かと比べて、というのはナンセンスです。
自分が自分のやりたいことのために頑張って、今日よりも明日、明日より明後日と少しずつでも前に進んでいく、成長していくことができれば、すばらしいことです。
自分が苦しんだりすることがあったら、ぜひ、思い出してください。これは選手たちにも、ずっと伝えてきました。
「できないことがある、苦しい、だからこそ努力するよね。できちゃったら努力しないよね。そのために与えられているものなんだよ。」
そんな僕の経験からすると、みんなが持っている力というのは、素晴らしいものです。

自分の中にもし不安が生まれたら…。大丈夫です。
それは不安を消すやり方、頑張り方がちょっとわかっていないだけなので、いつかその不安を消してみせると思って、皆さんも自分の夢にむかって頑張ってください。

生きているということは本当にすばらしいです。僕も、今回世界一というところに行かせてもらって、野球やっててよかったな、と改めて思いました。50年間野球やってきたけれども、このために野球やっていたんだなと思えた部分もありました。
みなさんもぜひ頑張ってください。今日は本当にありがとうございました。

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次回は<Q&A編>。生徒からの質問に栗山さんが答えてくれました。