ぴったりの椅子を探して ~短歌でつながる学びの場~

  • さまざまな生き方・学び方

2025.06.12

本校の英語教諭として通信制高校で生徒たちと向き合いながら、短歌では第一歌集『ダニー・ボーイ』を刊行したばかりの貝澤駿一先生。実はかつて、NHK全国短歌大会の入選を通して学園と出会い、その後、教員としてこの学び舎にこられました。

今回インタビュアーをお願いした生涯学習 短歌講座講師の藤島秀憲先生もまた、NHK学園通信講座の短歌講座で学び、その後、講師として受講者の作品に寄り添う立場へ。ともに「学ぶ人」であり、「教える人」でもあるお二人です。

藤島先生から貝澤先生に、短歌について、学びの魅力、そして学園への思いを聞いていただきました。

 

 

 

 

短歌との出会いが「教えること」につながった

――貝澤さんが、短歌を始めたきっかけは何ですか?

短歌を始めたのは高校時代。たまたま図書館で手に取った俵万智さんや枡野浩一さんの歌集を読んで、「これなら自分も作れそう」と思ったのがはじまりでした。難しそうに思える短歌が、自分の言葉で自由に表現できると知ったときの驚きとわくわく感は、今でも忘れられません。

――NHK全国短歌大会の入賞が、今の仕事につながったとか?

大学生のとき、気軽な気持ちで応募したNHK全国短歌大会で入賞したんです。まさか自分の歌が選ばれるとは思っていなかったので、本当にうれしかったですね。それがきっかけで短歌結社「かりん」に入り、作品を発表するようになりました。

その後、転職を考えていたときにNHK学園の教員募集を見つけて、「あの短歌大会でお世話になった場所だ」と思い出しました。いま思えば、その出会いがなかったら、この学校に来ることもなかったかもしれません。

 

 

歌集『ダニー・ボーイ』に込めた思い

――歌集『ダニー・ボーイ』のタイトルには、どんな思いがあるのでしょうか?

大学ではアイルランド文学を学んでいて、アイルランドの民謡『ダニー・ボーイ』がずっと心に残っていました。歌の中にある切なさやあたたかさが、自分の中にある短歌の感覚と重なったんです。だから初めての歌集のタイトルは、迷わず『ダニー・ボーイ』にしました。

――後半の歌に「雨」や「戦争」といった重たいテーマが増えているように感じました。

前半は比較的明るく、「光」や「風」など希望を感じる言葉が多かったのですが、後半になると少しずつ暗いテーマが増えていきます。社会の出来事やニュース、世界で起きていることが心に影を落とすこともあります。そういった感情が自然と歌にあらわれてくるんですね。たとえばこんな歌があります。

  銃声とまちがうほどの雨を聴くミネストローネに口よごしつつ

日常の中に潜む不安や違和感。それを短歌にすることで、何かを伝えられるような気がしています。

――貝澤さんの作品の特徴を教えてください。

そうですね、僕の歌は、日常の小さな違和感とか、ふとした感情の揺れをすくい取るようなものが多いかもしれません。どこにでもある風景や会話の中に、自分だけの感覚を見つけたくて。それが言葉になったとき、少しだけ世界が違って見える気がするんです。

 

 

「教える」ということより、「一緒にいる」ことを大切に

――NHK学園の生徒たちと接するとき、どんなことを大切にしていますか?

NHK学園には本当にいろんな生徒がいます。学校に行くことが難しかった人、仕事をしながら学んでいる人、芸能活動をしている人など、背景はさまざまです。だから僕は「先生」っていうよりも、まずは「一緒にいる大人」でいたいなと思っています。

――生徒の姿からインスピレーションを得て詠んだ歌もあるんですね。

はい、こんな歌があります。

  こころもかたちはみんな違ってぴったりの椅子を探しているこの秋も

教室に来て、どこに座ったらいいか戸惑っている生徒を見たときに、この歌が生まれました。それぞれに合う椅子を探している。その姿は不安でもあるけれど、すごく大切で尊い時間だと思います。

 

 

短歌の授業で「言葉の面白さ」に出会う

――授業で短歌を扱うことはあるのですか?

はい、登校コースの1年生と一緒に、毎年9月ごろ「数学の言葉を使って短歌を作ろう」という授業をやっています。たとえば「わる(割る)」とか「えん(円)」とか、普段は数学用語としてしか見ていない言葉が、短歌になるとまったく違う世界を見せてくれるんです。

――生徒の中には短歌に興味を持つ子もいるんですね。

「短歌って面白い!」って声が聞こえると、本当にうれしいですね。穂村弘さんのファンだという子もいて、自分で歌集を買って読んでる子もいます。最初は照れながら書いていた生徒が、自分の感情を言葉にできたときのキラキラした表情は忘れられません。

 

 

学園は、どんな人にも開かれた場所

――NHK学園の魅力はどんなところだと思いますか?

ここには10代の高校生だけじゃなくて、70代、80代、90代の生徒もいます。それぞれのペースで、それぞれの目的で学んでいる。それが自然に同じ空間にあるって、実はすごいことなんですよね。

――そんな学園で学ぶ生徒に、どんなことを伝えたいですか?

「やらなきゃいけないことはしっかりやる。でも、それ以外の時間は、思い切り好きなことをやろう」って、いつも伝えています。勉強も大事。でも、自分の好きなことや言葉を大切にすることも、同じくらい大事です。学園は、そんなふうに自分らしく学べる場所だと思っています。

 

 

最後に

NHK学園高等学校には、いろんな生き方をしている人が集まっています。学校に通うことが難しかったり、将来に不安を感じていたり、自分に自信が持てなかったり。そんな人たちが、少しずつ「ここなら大丈夫かも」と思えるようになる場所です。

今はまだ、自分にぴったりの椅子が見つかっていなくてもいい。焦らなくて大丈夫。一緒に探していきましょう。そして、言葉や歌を通じて、少しずつ「自分の居場所」が見つかっていったら、それはとてもすてきなことだと思います。

お互いの著書を持つ藤島先生(左)と貝澤先生(右)

お互いの著書を持つ藤島先生(左)と貝澤先生(右)