暮らしと言の葉(11)

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2023.03.17

「暮らしと言の葉」コラム第11弾。先日開催のNHK全国短歌大会で、15首1組で審査する「近藤芳美賞」部門で、見事入選された美衣さん。今回は「最初の言葉」です。

最初の言葉

 いちばん古い記憶は、母の横を歩いている光景だ。母は片手にパンの入った紙袋を抱えていて、もう一方の手でわたしの手を引いている。母の手はわたしの目の当たりにあって、ちゃんと当時の身長のまま記憶されているのだなと思う。パンの紙袋は白地に赤いインクで横縞と女の人の横顔が印刷されている。中にはお昼に食べるパンが入っているのだ。この記憶が正しいかどうか確かめる術はないのだけれど、わたしの中に「パン」という言葉とともに確かに刻まれている実感がある。

 

 


赤ちゃんが初めて出す声は、どの言語圏でも母音が「A」の音だと聞いたことがある。なるほど、確かにわたしの子の初めての言葉は、「まま」か、「まんま」のような音だった。ママが母を意味して、まんまがご飯を意味するのは偶然だろうか。子どもは、自分の生命維持に不可欠なこの二つを最初に発音するように原初からプログラムされているのか。はたまた赤ちゃんが発音しやすい音に合わせて、人は言葉を作ったのだろうか。

 

 人が一生のうちに話す言葉は、いくつくらいになるのか想像がつかない。それはきっと数えられないほど膨大であろう。聞く言葉となると、さらにその何倍にもなるだろう。では、わたしが一生の最後に発する言葉は何になるだろうか。まま、まんまくらいやわらかく、意味から自由な言葉であればいいなと思う。

 

 

記憶ってきっと液体 かぎりなくうすいきおくをもつ海月だろう

千種創一『砂丘律』

 

 

斎藤美衣(さいとうみえ)

1976年広島県生まれ。
歌人/ベビー用品の会社経営
「コスモス短歌会」、「COCOONの会」に所属。
子どもの頃から、言葉と本が好き。
NHK学園の短歌講座も受講中。

休日は一人で本屋に出かけるのが至福の時間。