「暮らしと言の葉」コラム第3弾です。アクティブで知的好奇心いっぱいの美衣さん。今回の言葉との出会いは…
どこに向かって言葉を発するか
劇団マームとジプシーによる舞台「COCOON」を観た。
原作は今日マチ子の漫画で、太平洋戦争下のひめゆり学徒隊の少女たちの生を捉えた作品だ。これはすさまじい経験だった。
体にこの経験が刻まれて、観る前と観た後では組成が変わってしまったと思う。
この舞台のすごい点を二つだけ挙げるとすると、一つは立体的な身体的経験、もう一つは言葉がわたしにちゃんと届いたことだ。

映画はスクリーンという平面を観るのに対して、舞台は空間に体を置く。宇宙にわたしの体が置かれ、四方八方から感情と空気が押し寄せるような体験だった。
重たい史実をもとに創作する場合、事実を伝え、後世に残すだけでは情報に過ぎない。そこに客席から観ている個人と変わらない生があったことを伝えるためには、どこに向かって言葉を発するのかを意識しないといけない。
後日、この舞台で主演した青柳いづみのインタビュー映像を見た。彼女は演出の藤田貴大に「目の前にいる人だけにちゃんと手を伸ばしてほしい」と言われたと言う。
作家の高橋源一郎の言葉を借りると、今は「歴史上最も言葉がインフレの状態」だ。日々たくさんの言葉が放たれ、それらはどこかの闇にすぐに消えていくようだ。言葉は、常に気持ちの翻訳に過ぎないと思う。形にならない気持ちになるべく誠実に言葉を選ぶ。そしてそれに加えて、わたしはどこに向かって言葉を発するのかということを、いつも考えていたい。
便箋で届く手紙に消印の多くて二度と閉じれぬ本だ
𠮷田恭大『光と私語』

斎藤美衣(さいとうみえ)
1976年広島県生まれ。
歌人/ベビー用品の会社経営
「コスモス短歌会」、「COCOONの会」に所属。
子どもの頃から、言葉と本が好き。
NHK学園の短歌講座も受講中。
休日は一人で本屋に出かけるのが至福の時間。