【俳句コラム】麒麟流作句法(6)

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2022.10.19

俳人・西村麒麟さんならではの視点で俳句づくりのコツやポイントをご紹介。好評シリーズの第6回です。 

俳句に活かす出来事

 

旅らしくなりたる旅の夕立かな   西村 麒麟

 

もちろん本当のことを言えば、それほど良い状況ではありません。この句は実際、江の島を観光中に激しい夕立に遭遇して作りました。髪の毛も服も荷物もびっしょびしょ。ひとまず屋根のある駐車場へ逃げ込みました。
 

しかしながら「夕立に濡れて悲しいな」では詩にはなりません。

俳句は辛いことを辛いなぁと書く方法もありますが、僕は俳句の上では悲しみを一寸だけ笑いに変えるように工夫します。残酷なようですが、僕がびしょ濡れになって悲しいことは、読者とは全く関係の無いことです。

俳句を読む相手は、多くの場合その十七文字以外の情報を読み取ってくれません。ですから「夕立に濡れて悲しいな」では夕立の感想を述べただけとなり、相手の心を動かすことは出来ないのです。
 夕立のおかげで旅人らしさが味わえた、このようなハプニングも大変でしたが楽しめました、という句意にするために、「旅らしくなりたる旅の夕立かな」の形を選びました。これで気持よくこの句を読んでくれる方がいるなら、全身江の島で濡れた甲斐があります。強がりではなく。

 嫌なことを全て無理やり楽しそうに詠む必要はありませんが、そのような詠み方もあるというのは覚えておいて損は無いはずです。

 

 

秋蟬や死ぬかも知れぬ二日酔ひ   西村 麒麟

経験したことのある方はご存知だと思いますが、二日酔いとはなかなかの地獄です。僕の場合はズキズキと激しい頭痛の中で、天井がぐるりぐるりと回り続けます。しかしながら、二日酔いで気持が悪いと書いても俳句としては平凡です。辛いことを少しだけ笑えるようにする、俳句にすると楽しめる、不思議とそのようなことが日常には結構あります。

 


靴下に大きな穴やバナナ食べ   西村 麒麟

 

人様のお家で靴下に穴が開いていて、恥をかく日もあります。

 

 

六日失業七日七種粥を食べ   西村 麒麟

 

時には失業することだって…。この句は昔、一月六日(俳句では六日と書けば一月の六日を指します)に会社が廃業することを伝えられ、ショックを受けつつその翌日に七種粥を食べながら作った俳句です。

俳句になったのだからこの経験も無駄にはなりませんでした。
人生には楽しいことや辛いこともたくさんありますが、その多くは俳句に活かせます。

そう考えると俳句っていいなと思いませんか?

 

 

 

西村麒麟

1983年生まれ。東京都江東区在住。俳句結社「古志」同人。第65回角川俳句賞受賞。句集に「鶉」「鴨」。長谷川櫂に師事。現在、NHK学園市川オープンスクールで「きりんと学ぶ! 俳句の夜 西村麒麟・ 俳句塾」を開講中。金曜の夜、麒麟先生と俳句をたのしんでみませんか。

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