NHK学園俳句講座  開講40年!創設者 俳人・飯田龍太 生誕100年 これを機に 俳句再発見! NHK学園俳句講座  開講40年!創設者 俳人・飯田龍太 生誕100年 これを機に 俳句再発見!

なさんは現代俳句の父 飯田龍太をご存知ですか?
戦後を代表する俳人で、現代俳句の新境地を切り拓き、
今なお多くの俳人たちの尊敬を集めるカリスマ。

その龍太先生が創り上げたNHK学園 俳句講座は、1981年に先生の「日常のこころを大切に」という言葉とともにスタートし、2020年10月に開講40年目に突入。

これを機に、今年生誕100年を迎える龍太の偉業をふり返り、俳句の真髄、本当のおもしろさを再発見していただければと思います。

「春の山夜はむかしの月のなか」

瑞々しく斬新な作風で、自然への深い洞察と愛情を感じさせる作品を多く生み出しました。

飯田 龍太 (いいだ りゅうた)1920-2007

飯田 龍太

東八代郡境川村小黒坂(現笛吹市境川町)に俳人 飯田蛇笏(だこつ)の四男として生れる。

小学校のころから国語に秀でており、甲府中学卒業後、折口信夫が教鞭をとる國學院大学に進むが肺浸潤、肋骨カリエスを患い休学。帰省して農業をする中、農業雑誌「農業世界」に論文を応募し入選。大学を卒業するも、三人の兄が相次いで病死、戦死したことから生家を継ぐ。

その後俳句に専念し、戦後俳壇に伝統派の旗手として頭角を現し、蛇笏没後は「雲母」を主宰。俳句を「普段着の文芸、庶民の文芸である」と語り俳句の裾野を広げようと、俳句愛好家の指導に尽力した。

句集「百戸の谿」ほか10冊、随筆集、鑑賞集など多数。読売文学賞、日本芸術院賞恩賜賞、紫綬褒章。日本芸術院会員。
平成26(2014)年 NHK・NHK学園により「飯田龍太賞」が創設された。令和元年(2019)より「龍太賞」と改める。
NHK学園 俳句講座創設者。

山廬(さんろ)

俳人 飯田蛇笏、飯田龍太が生涯を過ごした山梨県笛吹市境川町小黒坂の居宅、及びその敷地は「山廬」として親しく愛され、「俳句の聖地」として大切に守られています。

山廬という呼称は、蛇笏の別号であるとともに、「山の粗末な建物」と自らの居宅を表現した創作。

平成29(2017)年敷地内に表蔵「俳諧堂」を復元し、1階を展示施設、2階を句会場として活用されています。

※NHK学園のページを離れます。

龍太を知っている人も知らない人も、
これを見れば龍太をもっと好きになる

著名俳人が語る
「わたしにとっての龍太」

宇多喜代子・夏井いつき・高野ムツオ・西村和子が語る

今なお心に生き続ける龍太への思い

俳壇を代表する先生方にとって、龍太はいかなる人物だったのか・・・。
先生方が語る言葉から、龍太を感じてください。

夏井いつき・小島健が語る

龍太が創ったNHK学園 俳句講座

俳句を通信講座で学ぶことなど考えられなかった40年前。
龍太の熱い思いで誕生したNHK学園 俳句講座は、現在のべ約55万人の受講を誇る講座に成長しました。

講座受講者が選ぶ!
龍太ベスト俳句

受講者のみなさまに「あなたの好きな龍太の句」をお寄せいただきました。
春夏秋冬の四季ごとに、ご紹介していきます。まずは「春の句」からどうぞ。

いきいきと三月生る雲の奥

選んだ受講者さまの声

いきいきというリフレインが、
先ず三月が生れるという表現に
ぴったりです。
雲の奥から三月が生れてくる。
なるほどと納得です。
楽しいです。
感覚の素晴しさ!

千葉県 小野 紗耶子さん

俳句講座 専任講師 舘野豊先生の解説

舘野豊先生

舘野 豊(たての ゆたか)

「郭公」同人、NHK学園俳句講座専任講師
昭和30(1955)年生まれ。
「雲母」「白露」を経て「郭公」所属。第二回及び第六回白露評論賞。

十七音のなかに具体的な物としては〈雲〉しかないのに、一句全体からは春を迎えた山国の息吹がたしかに感じられる〈いきいきと〉の句は、龍太三十代前半の代表作のひとつです。

この作品に触れて、作者はこんなことを書いています。甲州を旅するには二月がいいか三月がいいかと問い合わせてきた友人に、〈三月にしなさい〉と返事を出したあと、〈人一倍寒がりな私は、三月ほど待ちどおしい季節はないが、すべてのひとがそうだとはかぎるまい〉(『自選自解飯田龍太句集』)と反省したというのです。

自解ではつづいて、棚田の芹の青さや、〈まだ芽ぶかぬながらもこころもち潤みを持った櫟の高枝〉で囀る頬白や、枯芝のなかに萌えはじめる蓬など、この季節の風物が丹念に描写されていて、〈いきいきと三月生る〉という一見奇抜な措辞が、故郷の自然を細やかに捉える感性に支えられているのがわかります。自然を全身で感じ取ろうという姿勢がこの言葉に結実したともいえるでしょう。

〈すべてのひとがそうだとはかぎるまい〉と作者は反省していますが、この句にみなぎる春の喜びは誰でも共感できるに違いありません。

舘野 豊(たての ゆたか)

「郭公」同人、NHK学園俳句講座専任講師
昭和30(1955)年生まれ。「雲母」「白露」を経て「郭公」所属。第二回及び第六回白露評論賞。

龍太が語る・龍太を語る

NHK学園に保管されている資料には
龍太のことばがたくさん残っています。
また、今を生きる俳人たちも龍太を語り続けています。

龍太が語る

俳句を「普段着の文芸、庶民の文芸である」とし、俳句の裾野を広げようと尽力した
龍太のことばは、現代に俳句を詠むわたしたちのバイブルです。

日常のこころ

(昭和56年発行「俳句通信」第1号より)

飯田龍太

詩の秘密は、初心にかえること。
気張らず息まず、正直におもいをのべること。

俳句を作ってみたいが、あまり幼稚なものでは気恥しい、なんとか上等なものを、と考えるのは人情の常。

しかし、いわゆる名句といわれる作品は、特別むずかしいことは何ひとつ云ってはいないのです。
例えば芭蕉晩年の作で、代表的な秀品とされる

秋深き隣は何をする人ぞ芭蕉

など、その好例ではないでしょうか。

詩の秘密は、よく、初心にかえることだ、といわれますが、初心とは、いわば童児のような無垢のこころ。気張らず息まず、素直に対象にこころを預けて、正直におもいをのべることでしょう。事実芭蕉の生涯は、その境地に到るための、ながくきびしい道程であったといえましょう。

とすると、手初めのときは、きわめて高い境地とすぐ隣り合っていることになります。進歩とは、その隣り合っているものとの距離を正しく知ること。そこに俳句の面白さも深さも、そして限りない魅力が秘められています。

龍太を語る

多くの俳人にも愛された龍太。現代を生きる先生方にとって、
龍太はいまもなお俳句の師であり続けています。

わたしにとっての飯田龍太
宇多喜代子

昭和10(1935)年生まれ。
「草樹」会員代表 俳句講座アドバイザー

宇多喜代子

飯田龍太の目はいまもこの世にある、私は頑なにそう信じています。百歳の飯田龍太は生きている、そう思うのです。

飯田龍太の生存年齢が百歳、もうそんなお年かと感無量です。もし存命だったらどんな好々爺になっておられたでしょうか。

私個人だけでなく、私たちの世代にとって、飯田龍太はかけがえのない先行俳人としていまも大きく存在している一人です。たちまち代表句がすらすらと口をついて出てくる、そんな他にまぎれない句業を残した俳人の一人です。

飯田龍太とその名を目にするだけで、自然に居住まいを正し、いまの自分はこれでいいのかを自らに問う気分になります。それでいて温顔をゆるめて接してくださる、そんな親しみやすい人間味のある先輩俳人でした。

存念のいろ ―恩寵としての龍太
三枝昻之

昭和19(1944)年生まれ。
歌人・山梨県立文学館館長

三枝昻之

表現の自在、そして季節ごとの山国の暮らしへのいとおしみ。これが私の中の龍太だ。

山梨県、甲斐の国はどこを見ても山が聳えている。私が学んだ小学校の校歌は「甲斐が嶺めぐる甲府市の」、中学校は「連山さくらの雲にかすみ」と始まる。京都も同じ盆地だが山の高さが違う。甲斐をめぐるのは富士山、北岳、間ノ岳など高さベストスリー、見方によっては厳しすぎるこの風土を、龍太は深くいとおしんだ。

なにはともあれ山に雨山は春『遅速』

山々が雨に包まれる。厳しい季節が終わりを告げる風景のそのやわらかさ、雨のなつかしさ。いろいろ困難はあるだろうが、なんとかなるものだよ。そんな声が「なにはともあれ」から聞こえてくる。

龍太賞ー新作十五句募集(テーマ自由)

お知らせ

第7回 龍太賞 2020年7月募集開始予定!

NHK学園では飯田龍太の功績を称え、より多くの方に俳句に親しんでいただくため、毎年恒例の全国俳句大会とあわせて「龍太賞」(新作15句一組)を募集しています。
募集は7月から開始予定です(またHPでお伝えします)。
第7回を迎えるこの賞に、ぜひチャレンジしてみてください!

2020年は俳句の楽しみが
盛りだくさん!

今年はNHK学園 俳句講座 開講40年を記念し、俳句にまつわるイベントなどもたくさん予定しております。
ぜひこの機会に、五七五でつづる言葉の芸術、俳句の世界に触れてみてください。
(イベント等の開催が決まりましたら、今後こちらで告知予定です)

龍太の創った「添削指導」

龍太の創った「添削指導」

講座を創設するにあたり龍太がこだわったのは丁寧な添削指導でした。
もちろん、いまもその伝統は受け継がれています。
あなたも飯田龍太が創ったNHK学園 俳句講座で俳句を始めませんか?
初心者の方から上級者まで幅広いレベルの講座をご用意しています!