【NHK全国短歌大会】連作作品づくりのヒント(小島なおさん)

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2025.08.21

第27回NHK全国短歌大会の作品の募集が始まりました!

(大会の詳細はこちら

本大会には、新作15首を1組として優れた作品を顕彰する「近藤芳美賞」があります。これから、連作で作歌する方に向けて、大会選者の小島なおさんに作品作りのヒントを具体例を挙げて、教えていただきました。

 

第27回NHK全国短歌大会選者

小島なおさん(昭和六十一年)

「コスモス」選者。NHK学園短歌講座講師。

連作という舞台装置

 ながく心に残っている連作がある。その連作は、社会的なテーマが据えられているわけでもなく、くきやかな起承転結で読者を運んでくれるものでもなく、ひたすら自分の祖母について詠んでいる。馬場あき子の「おばあさま」という十三首からなる連作だ。

 

ちのみごのわれを育てしおばあさまは骨ばりて痩せし丹波の人なり

おばあさまは朝顔好きでおはしけり蕾かぞへつつ庭行水せり

 

 導入の二首。ここから連作がひらかれる。幼い頃に「おばあさま」に預けられて育ったこと。庭に盥を出して行水していた痩せた体つき。意味がよく通り、かつ連作の世界を予感させるさりげない情報と場面が提示される。

 

夏痩せの朝顔咲きて濃き夏も過ぎたり庭に打水してゐる

熱中症の木々沈黙に沈むゆゑ虹立つ大雨われ降らすべし

 

 三、四首目。「痩せし」から「夏痩せ」へ、「行水」から「打ち水」へ、朝顔は「蕾」から「咲きて」へ。言葉とイメージを鎖のように繋ぎながら、過去の回想から現在へと時間軸が移ってくる。動詞に着目すると、「過ぎたり」「沈む」など、過去へ押し流された時間の嵩、歳月の沈黙が、季節の移ろいの奥に暗示されていることがわかる。

 

改良は江戸期ですといふ朝顔が入谷より来ぬ髪切虫つれて

小さなるよれよれ朝顔を憎みしがこれぞ好事家の江戸の朝顔

 

 五、六首目は、入谷の朝顔市から届いた朝顔の来歴をたどる。品種改良される前のいっけん貧相にも見える江戸期の朝顔こそが粋であるという。「小さなる」朝顔は、「骨ばりて痩せし」祖母の姿にもどこか重なる。朝顔を通じて、現在―過去の往来が再びなされ、以降の「おばあさま」の時間を紐解く流れが周到に整えられている。

 

おばあさまは犬猫ぎらひ朝顔の翳に箱置き兎を飼へり

おばあさまは婿取りをしに提灯を下げて一番地への橋を渡れり

おばあさまは末娘の婿に会ふあした櫛挿し直し帯を締めたり

おばあさまは「丹波の山ざる」とあいさつし幼きわれはいたくおどろく

 

 

 八首目から十一首目では、時制が変わり過去が現在形で語られるようになる。連作のなかで「おばあさま」は現在を生き、箱の兎を覗き込んだり、婿取りの儀式に忙しい。「犬猫」「兎」「山ざる」が登場するにぎやかさ、「渡れり」「挿し直し」「締めたり」「あいさつし」と、生きる者のめくるめく躍動を見せる。

 

 連作は舞台装置だといえる。口語/文語、過去/現在/未来、現実/虚構、この世/あの世。スポットライトの光と影が、音楽の響きと無音が、演技の動と静が、独立しながら干渉するように、一首では表現しきれない世界を、連作の舞台では構成することができる。

 

霧降れば海の底なる丹波より駆け落ちしてきたおばあさまです

 

 連作がこのように締めくくられるとき、過去のさらに過去へ時空の穴が開かれる。現実に戻った私は、ふっと吐いた息に霧の気配が混じるのをなまなまと感じた。

  (小島なお)

 

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