【シリーズ】秀歌を読もう(6)松村正直

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2023.08.08

歌人でNHK学園短歌友の会選者の松村正直先生による好評連載「秀歌を読もう」をお届けします。

秀歌を読もう

 

寒鯉のぢつとゐるその頭(づ)のなかに炎をあげてゐる本能寺

渡辺松男『きなげつの魚』

 冬の池にじっと動かないままの鯉。その脳裏で本能寺が燃えているというのだ。突拍子もない飛躍の大きさにまずは驚かされる。鯉の静かな姿と激しく燃える炎の動き、池の水の冷たさと火の熱さの対比を感じる。


目の前の鯉と歴史的な事件である本能寺の変が、時空を超えて結び付く。理屈で考えるよりも、イメージの鮮やかさを味わうべきだろう。「ぢ」から「づ」、「ほのお」から「ほんのう」へ音がつながり、音読すると心地よい。


個性的な発想や文体で独自の世界を切り拓いている作者。見たまま、ありのままといった写実的な歌だけでなく、時にはこんなふうに自由で豊かな世界も味わってみたい。

NHK学園短歌講座講師 松村正直

(NHK学園短歌講座機関誌『短歌春秋』167号/2023年7月発行 より)

 

 

松村 正直(まつむら まさなお )

歌人・NHK学園短歌講座講師。2023年度「短歌友の会」選者。
1970年生まれ。東京都町田市出身、京都府京都市在住。歌誌「塔」元編集長。NHK学園オンライン教室「短歌のコツ」が好評開講中!