笹本碧さんのこと ー 藤島秀憲

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2022.10.04

歌人の笹本碧さん。3年前に34歳の若さで亡くなられまました。所属する結社「心の花賞」受賞。NHK全国短歌大会では、2年連続「秀作」入賞。
NHK学園の短歌講座も受講してくださったお仲間です。専任講師の藤島秀憲さんが、笹本碧さんとの思い出を綴ってくださいました。

 

短歌が星々とともに

 

2022年7月3日、東京都中央区立郷土天文館(タイムドーム明石)のプラネタリウムドームに、笹本碧さんの短歌が星々とともに映し出されました。

 

 

ポリタンク抱えて冬を見ておりぬオリオンの声は きっとテノール

 

 

最期には大気で流れ星になるやがて吾に来る確かな未来

 

笹本碧さんは2019年にご逝去。享年34歳。亡くなる6日前に最初で最後の歌集『ここはたしかに』が出版されています。

 

笹本さんが短歌を始めたのは26歳のとき。新聞歌壇への投稿を経て、28歳のときに佐佐木幸綱が主宰する「心の花」に入会します。ほぼ同じ時期に、NHK学園の通信講座「短歌入門」の受講を開始してくださいました。

 

私と笹本さんは「心の花」の仲間。歌会や編集で月に二度顔を合わせていました。
歌会の後の二次会に参加せずに帰るときに、笹本さんと同じ電車になりました。

 

「藤島さん、今日は飲んで帰らないんですか?」

「帰ってNHK学園の添削をするから」

「えっ、私、受講者だったんですよ」

「へえ、そうだったんだ」

こんな会話がありました。

 

笹本さんはNHK全国短歌大会にも応募していました。

 

ぷかぷかと浮かぶ白雲その中に組み込むようにブラウスを干す

平成25年度NHK全国短歌大会 小池光選 秀作

 

放課後の学級会の和を乱すあなたに恋をしていた、確か 

平成26年度NHK全国短歌大会 永田和宏選 題詠「和」秀作

 


笹本さんらしい爽やかで弾むような言葉づかいです。明るく、でも、ちょっぴり寂しさが漂う歌の世界です。

 

 

高校時代は天文部に、大学時代は天文同好会で活動しながらプラネタリウムでアルバイトをするという根っからの天文好き。空や天体を歌った作品が多い一方で、自然や生命を見つめる歌にも特徴があります。

 


超新星あらわれるときミジンコの眼にも豊かな火のともるなり

 

進化論は地球でいちばん大きな樹その枝先に今日も目覚める

 


32歳の9月、笹本さんは体調を崩し、その12月に千葉県がんセンターにて「ステージⅣ」と診断されます。

休職し、入院。治療を受けます。一年後、「心の花」の編集に復帰、「腰が痛い」と言いながらも笑顔で作業を続けていました。
20首の連作「手をあててみる」で「心の花賞」を受賞したのもこの年です。
新しい仕事を探し、総合旅行業務取扱管理者試験を受験、海外旅行実務に合格しました。

復職はしたものの一か月で再入院。一時退院し、自宅療養しましたが、病状が悪化し、緩和病棟に入院。

2019年6月9日、午前8時40分永眠。

 

その日のことを私はこのように書き残しています。

亡くなったのは6月8日。私は佐佐木信綱祭で熱海にいた。死去の連絡が入ったのは昼ごろ。笹本さんと親しかった佐佐木頼綱さんや原ナオさんが、ぼんやりと窓から遠くの方を見ていた。その姿が忘れられない。

藤島秀憲『オナカシロコ 短歌日記2019』

 


確実に強くなっていくしびれしびれ・車いす・やがて寝たきり


両親を泣かせてしまった卒業式以来くらいかもしれないな


残り時間考えることはこの吾の一番だいじを考えること


緩和ケア病院の大きな窓からは大きな空が少しまぶしく

 

 

最後まで生きることに意欲的で、短歌を作り続けた笹本碧さん。すばらしい短歌をたくさん残してくれました。

 

 

 

 

藤島 秀憲(ふじしま ひでのり )

1960年生まれ。歌人・歌誌「心の花」所属。佐佐木幸綱に師事。
NHK学園短歌講座専任講師