【俳句コラム】麒麟流作句法(5)

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2022.09.30

このコラムでは、俳人・西村麒麟さんならではの視点で俳句づくりのコツやポイントをご紹介しています。好評シリーズの第5回です。 

「わかる」表現

 

 

山紅葉人の旧居に腰かけて   西村 麒麟

 

基本的に、俳句はその内容が読者に分かった方が良い、というのは僕の考えです。「わかる」表現は読み手に「伝わる」近道だからです。しかし、どの程度読者にわからせるかは、作家の数だけこだわりがあり、正解がはっきりと答えられるものではありません。それでも、一句の全てを説明し過ぎることは、マイナスに働く事が多いように感じます。

 

 

冒頭の「山紅葉」の俳句は、僕が旅行先で作った俳句です。この句に書かれた情報量だけでは、どの場所の誰の旧居であるかは絶対にわかりません。この句は、軽井沢にある室生犀星記念館(犀星が夏に過ごしていた別荘)を訪れて作ったものです。僕はわざと「軽井沢」も「犀星」も句の中に登場させませんでした。

 

軽井沢の秋は空気が澄んでいて、気持の良い素敵な場所です。僕は犀星の詩も小説も好きでファン意識があります。その犀星の旧居を訪ね、美しい苔庭を眺めるのは、もちろん至福のひとときでした。

 だから敢えて、グッと我慢して、そこを書かないのがコツです。出来れば観光客では無く、詩人になって作品を生み出したいとは思いませんか。知り合いの家でも訪ねたように、軽やかに俳句を作ることで、読み手の解釈を限定させないことを選択しました。その方が押し付けがましくなく、長く楽しめる俳句になると考えたからです。誤解が無いように書いておきますが、地名や名所を句の中に詠み込んではいけない、ということではありません。

 

 

旅に出ると、嬉しくなって名所を詠みたくなるのは、芭蕉さんを筆頭に俳人が皆そうです。しかし、名所を過剰に褒めたり、ユニークな地名をそのまま詠み込んだだけでは、詩としての中身が薄くなってしまいます。○○山や○○寺、それらを読み込んだ名句はたくさんあり、僕の句集にも地名を詠んだ句は入っています。

 

 

あをあをと印度の神や花カンナ

 

僕がカレー屋さんの壁を眺めながら作った俳句です。しかし、そのようなことは書かない方が、俳句が勝手に独り歩きしてくれます。「どこで」を俳句で表現したい時は、いつもよりさりげなく作るようにするのが、僕の作り方です。

 

西村麒麟

1983年生まれ。東京都江東区在住。俳句結社「古志」同人。第65回角川俳句賞受賞。句集に「鶉」「鴨」。

現在、NHK学園市川オープンスクールで「きりんと学ぶ! 俳句の夜 西村麒麟・ 俳句塾」を開講中。金曜の夜、麒麟先生と俳句をたのしんでみませんか。

詳細は下記リンクよりご確認ください。