このコラムでは、俳人・西村麒麟さんならではの切り口で俳句づくりのコツやポイントをご紹介しています。
適当に走り回つてゐる蟻も 西村 麒麟

真面目に働いている蟻達からは抗議が来そうな句です。
実際に、働き蟻の何割かは働いていないというのが、研究者の間では知られているそうです。働かない働き蟻、なんとも自由で羨ましい響きです。おそらくは何らかの理由があって、表面上は活発に活動しないだけなのでしょう。
しかし、それでは俳句として面白くありません。俳句は詩ですから、事実に基付く事よりも、時には詩としての面白味が優先されます。
この句は、働かない働き蟻が存在する、という事実からヒントを得て、その辺にいる蟻を見つめながら作ったものです。
「想像」+「現実」は僕がよく使う作句法でもあります。
今回は、この句が出来上がるまでの過程をお伝えします。皆様の句作のヒントになれば幸いです。
まず「働かない働き蟻」になったイメージを膨らませてみました。
あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら…。俳句の表現として「ぶらぶらと」では面白味がわかりやすく浅い印象があります。
皮肉な事に俳句では、面白い言葉を安易に使用すると、飽きやすい陳腐な句になりがちです。ここで「適当に」という上五が決まりました。トボトボ歩いているよりも、元気にサボっている方が明るくて楽しそうだという理由で中七は「走り回つて」としました。
最後には「蟻よ」と「蟻も」で選択する事になりましたが、「蟻よ」ではやや人間が働かない蟻を咎めているような印象になる恐れがあります。「蟻も」と置く事で、読者に「(働かない)蟻もいたって良いよね」というニュアンスと受けとって貰える事を期待して「蟻も」と決めました。
蟻を小さな生き物と思わずに、自分が蟻になりきったような世界を想像するのがコツです。他者を尊重し、愛する事も又、作句の近道だと考えています。
同じような作り方をした僕の俳句に〈手を舐めて脚舐めて蟻働かず〉もあります。
これもまた蟻に叱られそうな句ではあります。

西村麒麟
1983年生まれ。東京都江東区在住。俳句結社「古志」同人。第65回角川俳句賞受賞。句集に「鶉」「鴨」。
現在、NHK学園市川オープンスクールで「きりんと学ぶ! 俳句の夜 西村麒麟・ 俳句塾」を開講中。金曜の夜、麒麟先生と俳句をたのしんでみませんか。
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