【俳句コラム】麒麟流作句法(1)

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2022.07.21

 

俳人の西村麒麟さんによる、俳句コラムがスタートします。来年3月開催のNHK全国俳句大会と並走するように、麒麟さんならではの切り口で俳句づくりのコツやポイントをご紹介いただきます。

 

 

タクシーが盆地を跳ぶや桃の花   西村 麒麟

 

 この句は山梨県の石和温泉を訪ねた際の句です。

石和と聞けばピンと来る方も多いとは思いますが、飯田蛇笏、飯田龍太の故郷であり、今も旧居の山廬は俳人の聖地となっています。

 

 当時の僕は、賞に応募する俳句を作るために、その山廬を二ヶ月ほどの間に三度訪れました。観光地や歴史的な名所を訪ねると、詩心が刺激され俳句を作りたくなります。しかし、旅先での俳句は、感情が空回りして上手くいかない事も少なくありません。三度同じ場所を訪ねる事で、冷静な心で旅の俳句を作る狙いがありました。

 この句は実際の経験から生まれた句で、二度目に石和を訪ねた際、とんでもなく乱暴な運転手のタクシーに乗車しました。窓を開けバカヤローと大声で観光客に怒鳴り散らすので、車内の空気はもう最悪。もちろんスピードもすごい。まるで車が跳ねながら山路を走るようでした。生きた心地がしませんでしたが、車中で〈タクシーが盆地を跳ぶや〉というフレーズを思い付き、内心しめたと思いました。

 

 そこに歴史を感じる季語を付けようと考え、〈タクシーが盆地を跳ぶや山桜〉と句帳に書き残しました。悪くはないかと思いましたが、まだ完璧には遠いとも感じていました。

 

 旅から帰りしばらく経つと、その句はもっと自然な季語に置き換えられるような気がしてきました。山梨県は桃の名所です。あ、桃の花が素直で良いじゃないかと推敲し、ここで一句が決まりました。

 

 誰もが自信作の俳句が作れた時、よし出来た、と嬉しくなります。僕がおすすめしたいのは、その自信作を少しの間眠らせておくこと。時間が経ち冷静な頭と心で自身の句を読み返すと、今まで見えて来なかった句の欠点に気付けたり、新たな推敲の一手が思い浮かぶ事もあります。

ぜひお試し下さい。

 

西村麒麟

1983年生まれ。東京都江東区在住。俳句結社「古志」同人。第65回角川俳句賞受賞。句集に「鶉」「鴨」。

現在、NHK学園市川オープンスクールで「きりんと学ぶ! 俳句の夜 西村麒麟・ 俳句塾」を開講中。金曜の夜、麒麟先生と俳句をたのしんでみませんか。

詳細は下記リンクよりご確認ください。