ようおいでたなもし 松山俳句通信【第23回】

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2020.11.20

俳都松山の熱い男、伊予吟会 宵嵐さんからの「松山俳句通信」。今回は霊験あらたかな四国霊場八十八ヵ所のお話しです。

四国霊場八十八ヵ所をご存じでしょうか。

遍路は春の季語になっており、現在でも所謂お遍路さんがオールシーズン四国を巡回しています。

松山市内にもいくつかの札所がありますが、母校や道後温泉に近いことから五十一番札所の石手寺は昔から馴染みの場所でした。そして昔から石手寺を訪れるたびに気になっていたことが一つあります。

「裏山のでかいお大師さまは何じゃろか?」

 

検索したところ、地元で通称東山という丘の上にあるのは、日中友好弘法大師像という名前で、体は中国、顔はインドの方向を向いているそうです。

ただし、いつどのようにして建立されたかは、調べた範囲ではわかりませんでした。そこで、一念発起して東山を登ってみることに。

 

石手寺の裏を登っていくと、お山四国八十八ヵ所登山口という看板が見えます。

整備されていない急な道を登っていくと、十分程度で頂上に。巨大な大師像の下には看板があって、高さ16メートル等のディテールが判明。

 

 

でもいつどのようにして建立されたかは分かりませんでした。ただ、下っていると車がぎりぎり通れそうな裏道を発見したので、ある程度の所までは車で資材を運べたと思料します。

 

「南無大師石手の寺よ稲の花」  正岡子規

明治28年、日清戦争から帰還療養中に石手寺を訪れたときの一句です。

その時代にこんな像があったら、子規も度肝を抜かれたことでしょう。そして一句詠んでいたかもしれませんね。