【審査員所感紹介】「第34回書道展~心をつなぐ作品展~」素晴らしい作品が集まりました
「第34回書道展~心をつなぐ作品展~」に多くのご出品を賜り、ありがとうございました。今回も素晴らしい力作揃いで、審査員の先生方も審査が大変だったようです。
残念ながら「緊急事態宣言」の延長により会場展示は中止となってしまいましたが、審査員の先生方の「審査所感」と共に、会場に展示予定でした「賛助作品」をここにご紹介いたします。
▲石飛博光先生賛助作品
【漢字部門、漢字かな交じり部門】
石飛博光
日展会員、毎日書道会常任顧問、NHK学園書道講座手本執筆者
この一年間、コロナ禍の中で、今まで経験したことのない毎日を過ごしてきました。
このような日々の中で、静かに書と対峙し、書に挑戦して仕上げてこられた皆さんの作品には、心のあたたかさ、きびしさなどを訴える力があふれ、想いが伝わってきて、そして内に響くものがありました。厳しい制限の不安定な生活の中から生まれた、新しい空間に、新しい世界が生まれてきたような感じがします。
当初予定されていた地方での審査会、講演会や研究会などはみな中止となり、生活のリズムが全く変化してしまいました。今日は久しぶりに皆さんの力作に接して、健康な息吹に接して、生命の緊張感を味わいました。いつになく学園の皆さんの勢いを感じました。年長者もたくさん頑張っておられ、これからも大いに期待し、爽やかな気分になりました。
<漢字部門>
東京都知事賞の古橋孝幸さん(61歳)の雁塔聖教序の作品は、細字が見事で、細線の鋭さが利いていて素晴らしいです。
全日本書写書道教育研究会賞の福嶋芳子さん(69歳)の作品は、濃墨の丁寧な筆使いで、落ちついた草書で堂々と爽やかにまとめられました。
NHK賞の大西浩司さん(77歳)の作品は骨格を力強く書きあげた生気があふれています。
審査員特別賞の下村正昭さん(91歳)、井上圭子さん(85歳)、栗原初津紀さん(39歳)、風巻久美さん(62歳)、髙岸絵美子さん(41歳)、水谷誠子さん(86歳)、水橋詠子さん(74歳)、山﨑多重子さん(73歳)、谷口綾乃さん(31歳)もそれぞれの特徴を盛りあげてよく表現した傑作です。
<漢字かな交じり部門>
最高賞の文部科学大臣賞に選ばれました篠原弘さん(77歳)の「くれなゐの・・・」の作品は、羊毛筆の弾力性を駆使し、潤筆と渇筆の変化が全体の構成の中で立体的に生かされました。にじみの効く画仙紙を使用して効果をあげ、素晴らしい作品です。
東京都知事賞の島田七夫さん(86歳)の作品は横展開の作で、墨のたまりとかすれが効果的です。
全日本書写書道教育研究会賞の渡辺護さん(74歳)の作品は軽妙なタッチが爽やかで清々しい。所々に配された渇筆がやや細く、少し寂しい感じになったのが惜しいです。
NHK賞の白水啓子さん(77歳)の作品は、力強いタッチで、漢字のボリュームが迫力あり圧倒的でした。ひらがながやや小さく弱いのが惜しいところです。
審査員特別賞は、三浦晶子さん(78歳)、福井美紀さん(69歳)、会田美耶子さん(74歳)、岡山邦衛さん(85歳)、久保田千代菊さん(96歳)です。漢字とかなの調和が見事でした。
▲清水透石先生賛助作品
【かな部門】
清水透石
日展会員、読売書法会参事、全日本書道連盟顧問、日本書道ユネスコ登録推進協議会委員、藍筍会会長
草書の学書教本として、孫過庭の「書譜」を学んだことがあると思います。その一文に日々の書作においては、
乖(かい)(調子の悪い時)と合(ごう)(調子のよい時)があるといいます。
「乖」には「心遽體留」(あわただしく身体がだるい時)「意違勢屈」(気持ちが集中できず気勢が上がらない時)
「情怠手闌」(感興がわかず手が重い時)などの状態があると書かれています。
昨年からのコロナ禍は、書作家にとってはまさに「乖」であり、今も世界中の人々がその中にあり、苦しんでいます。
「コロナ禍外出自粛」乖の日々が続く中、多くの方が意欲的な作品を例年の如く応募されたことに感動しつつ審査しました。やや読みにくく、誤読されそうな作品もありました。受賞作品を寸評します。
東京都知事賞の間野喜代子さん(77歳)の作品は、懐抱を大きくとり、金槐和歌集の雄大さと力強さを、軽快な運筆で表現しています。特に渇筆部の線には深みがあり、鑑賞者の心に響くところ、学ぶべきところの多い見事な作です。
全日本書写書道教育研究会賞の佐々木紀子さん(80歳)の作品は、万葉集・家持の歌一首を、美しい料紙に暢達した運筆で表現しています。前半二行は、中央に力点を置き安定感を、後半は軽快に墨色の変化、渇筆を利用して流麗に表現した美しい作です。
NHK賞の矢﨑洋子さん(76歳)の作品は、半切に百人一首・興風の歌を爽やかに書写しています。紙の白に墨の色が見事に調和し、渇筆部の力強さも美しさを添えています。
審査員特別賞の坂野知佐子さん(47歳)の作品は、香紙切の臨書二葉です。臨書は創作への一歩であるが、初心にもどって自己を見つめ筆鋒鋭く原典の雰囲気が良く出ています。
▲綿引滔天先生賛助作品
【篆刻部門】
綿引滔天
日展会員、読売書法会常任理事、全日本篆刻連盟副理事長、大東文化大学文学部書道学科准教授
篆刻もまた文字表現であり、用具用材が違っても書作品とねらう所は同じです。字形と空間の疎密を調整し、全体が相呼応するように工夫します。更に、刀の切れ味、線の暢びや強弱、撃辺による視覚的な効果等々、考慮すべきポイントはたくさんあります。ただ文字をキレイに揃えて羅列するのみでは、はたらきのある作品にはならないのです。
東京都知事賞の臼井汲夫さん(87歳)の作品は側款拓を入れた本格的なものです。小篆を巧みに調和させ、採拓も丁寧ですが、款の刀法は勉強が必要です。側款は一般に単入刀法(印面の双入刀法とは違い、線の片側のみを切り一方ははじかせる)で、切刀(刃の角も支点にして倒して切る)を多用して自然にハジけた調子を生かします。
全日本書写書道教育研究会賞の佐々木勝已さん(92歳)の作品は現代作家の摹刻ですが、御高齢ながら逞しい運刀は実に見事です。線のキレ味、筆画をつぶす接筆の効果を感じてください。尚、落款には原作者の本名ではなく、雅号か字(あざな)、「先生」などの尊称をつけて呼ぶべきです。
NHK賞の猪狩正都さん(66歳)は、初世中村蘭台の摹刻で大変結構です。前述の印面の章法を学ぶには、古印名印を鑑賞し、摹刻することが大切です。左右の款を少し離して印影を強調したいところです。
審査員特別賞の野田道子さん(71歳)、「上」の字形の処理によって空間の朱を活かすことに成功しています。欲を言えば太さが均一になり過ぎたので、強弱をつけるとより活きてくるでしょう。落款も同様で抑揚が欲しい、位置はもう一息下げたほうがバランスがいいでしょう。同じく審査員特別賞の福喜多興二さん(81歳)、二顆とも手堅くまとめましたが、それに比して落款が硬いようです。全文による白文、字形をもっと活躍させて内輪郭線にぶつけるなどの工夫を、外側のこなれた撃辺に対して内部の文字にも欠けが欲しいところです。
NHK学園賞の鈴木理恵子さん(46歳)、朱文印、四隅を落として処理していますが、もう少し丸味をつけてやると、内部の曲線とマッチします。白文の「狼」は三画目と四画目は接しておかないと誤字にみえます。「羊」はもっと動きのある字形を選択し、二行目との調和を計りたかった。「很」は艮の脚の処理が不安定で課題が残ります。同じくNHK学園賞の成田喜久男さん(75歳)、線質の変化や撃辺など、工夫のあとがみられますが、文字の布置などが揃い過ぎているため、逆に単調になっています。例えば、後半の四字、等分配字していますが、筆画の繁簡に応じて変化をつける、真四角で機械的な印篆体に小篆の動きを加味して潤いを持たせる等、字法は章法の工夫をされるとより生き生きとするでしょう。
▲宮澤正明先生賛助作品
【ペン字部門・ジュニア部門】
宮澤正明
山梨大学名誉教授、全国大学書写書道教育学会会長
<ペン字部門>
手書き文字の特長にはいくつかありますが、その中の一つとして、書かれた文の内容とはまた別の情報を発信することができることを挙げることができるでしょう。例えば「ありがとう」と書かれていたとします。「ありがとう」は感謝の意を表わした言葉ですが(文意)、それがどのように書かれているか(筆意)によって、相手への感謝の度合いは変化するようです。書かれた文意が筆意によって正確にしかも文意以上のすてきな情報が届くことすらあるのです。言葉を届けるときの筆者の気持ちが筆意に乗り移り、さらにすてきな情報が伝わるような書き方を学びたいものです。
さて、今回も、ペン字部門の審査をさせていただきました。日頃の地道な学習の成果が見事な作品として出品されました。
東京都知事賞を受賞された藻川澄子さん(82歳)の作品は、徒然草の一節を書かれました。渋滞の無い伸びやかな線で字形にも破綻が無く、漢字と仮名とが見事に融合し、あたかも小川のせせらぎのように優しく流れています。ただただ見とれてしまいます。
全日本書写書道教育研究会賞を受賞された大谷清城さん(83歳)の作品は、金子みすゞの詩を書かれました。詩に「空」「海」があることから、黒地に青のインクで書かれています。その色も作品を引き立てるためにとても効果的だったようです。また、構成も詩意によって変化がつけられました。
NHK賞を受賞された瀧澤義昭さん(73歳)は、萩原朔太郎の詩を書かれました。キビキビとしたペンのタッチで、揺るぎのない線や字形が魅力です。仮名の連続性に対して、漢字がやや硬いかもしれません。今後の課題としていただければ幸いです。
審査員特別賞の芝鼻か代さん(74歳)の作品は国木田独歩の詩を書かれました。黒地に黄色のインクで整然と書かれています。伸びやかな線が良いのですが、漢字にやや右上がりの強い線が散見され、それが字形を不揃いにしているところが見られます。この点にご留意ください。
<ジュニア部門>
新学習指導要領では、国語科書写は「知識と技能」に位置づけられ、小学校は昨年の4月から新たなスタートが切られ、中学校は今年の4月から新たなスタートが切られます。
小学校低学年では「点画の書き方」が入り、中学校では「文字文化」を大切にすることが盛り込まれました。手で文字を書く活動は、学習の基礎であり伝達手段として基本となる行為ですが、文字の成り立ちやその歴史、文字を書くことの目的や意義などにまで及ぶ内容を「文字文化」として取り上げようとしているのです。情報化社会の中で、手書き文字文化がますます重視されていることを受けて、学校教育、社会教育における書写・書道が益々盛んになることを期待しております。
東京都知事賞を受賞された中根綾香さん(12歳)は、「感動」を半紙一杯に書きあげました。小学校国語科書写で学ぶ点画の書き方、字形の整え方などが完璧に到達されています。特に、迷いの無い筆使いは作品に強い力感を与えています。名前もしっかり大きく書かれ作品と調和しています。
全日本書写書道教育研究会賞を受賞された中島永恋(えれん)さん(13歳)は、「神秘」を行書で半紙に伸び伸びと書いています。しめす(ネ)偏、のぎ(禾)偏の省略形を確実に書き、点画の連続性も見えて、中学1年生がめざす書写の到達目標に達しました。また、氏名も行書でしっかり書かれ、感心いたしました。
NHK賞を受賞された石田美紗さん(14歳)は、「雲海の眺望」を行書で調和よく書いています。行書の特徴である点画の変化、連続、省略などが基本通りしっかり書かれています。「眺望」がやや大きくなった点が惜しかったなと思います。氏名も行書で字形良く書かれ日頃の学習成果が出ています。
昨年に続いて、硬筆の作品が少なかったようです。硬筆の学習も大切です。次回は毛筆作品とともに優れた硬筆作品の出品も期待します。
▲佐藤芙蓉先生賛助作品
【写経部門】
佐藤芙蓉
毎日書道会審査会員、NHK学園写経講座講師
写経は、書道の作品とは異なり、書式に従うことが大切です。その上で、墨書したもの、紺紙に金泥・銀泥で書写したもの、蓮台の上に書写したものなど、いろいろ工夫された、入念な作品を多く拝見できたことは、心強く思いました。
写経の書式・書風は、奈良時代の太平期に、写経生が写経に適した写経体といわれる表現様式に完成しました。写経にとりかかる前に、写経の名品を繰り返し鑑賞し、観察してその用筆法や形のとり方を吟味し体得してください。写経の学習には何よりも大切なことです。
東京都知事賞の塩出智代美さん(68歳)は、心経を染紙の料紙に墨書された一葉です。文字は和様体で、確実に鍛錬を積まれた、温かでゆったりとした一巻です。
全日本書写書道教育研究会賞の松田朗子さん(51歳)は、黄檗紙に、心経を力強い筆致でしっかりと書写しました。欲を言えば転折の曲がり方をゆっくりと筆を止めてみましょう。
NHK賞の前山勝平さん(38歳)の観音経偈は、天地に装飾の料紙に和様体で気品の漂う一葉になりました。審査員特別賞の東嶋佳子さん(47歳)の心経は、懐の大きさと重厚感があり、安定感のある一葉になりました。
写経の学習は、急がずゆったりと、入念に、しかも清々とした心持ちになるよう「一字一佛」の精神を大切に書写することです。皆さまの健康を祈念しつつ、次回、さらなる見ごたえのある作品をお待ちしております。