ようおいでたなもし 松山俳句通信【第18号】

俳都松山の伝道師 松山在住の伊予吟会 宵嵐(いよぎんかい よいらん)さんから、お便りが届きました!今回は「正岡子規の生家跡」のお話です。宵嵐さん、よろしくお願いします!

※「おいでたなもし」とは、松山市の方言で「いらっしゃい」の意味です。

松山市駅徒歩1分に子規誕生邸址

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まずはこの有名な小説の一節を引用します。

<この物語の主人公は、あるいはこの時代の小さな日本ということになるかもしれないが、ともかくもわれわれは三人の人物のあとを追わねばならない。そのうちのひとりは、俳人になった。俳句、短歌といった日本のふるい短詩型に新風を入れてその中興の祖になった正岡子規である。(司馬遼太郎著「坂の上の雲」より)>

松山市の中心部にある松山市駅、ここから徒歩1分ほどの歩道の一角にこの場所があります。

 

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子規は上京するまでの17年間、松山市花園町にあった生家にて育ちました。その生家は現存せず、かつて生家があったとされる場所に碑が建てられています。

ちなみに冒頭の一節は、ここに設置されている看板から転記したものです。

 

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子規の生家跡らしく、レンギョウ・ナツミカン・サルスベリ・サザンカの四つの季語にちなんだ句が表示されています。

色々な花が植えられている周辺を探してみてください。

 

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連翹やたばねられたる庭の隅

正岡子規

 
明治29年の句です。ちょうど夏目漱石が松山から熊本に異動した年ですね。

松山市駅は空港・JR・港に向かう起点となる場所です。

松山におこしの際には、去る前に子規誕生邸址にお立ち寄りください。

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