「言いたいことは伝わっているはずなのに、なぜか選に残らない」
――大会に投稿していると、そんなもどかしさに出会うことがあります。
第28回NHK全国短歌大会の選者で、結社「塔」を主宰する歌人・吉川宏志さんさんが、無料アーカイブ講座「選者が語る・NHK全国短歌大会」で、過去の入選歌を一首ずつ取り上げながら「なぜこの歌が心に残るのか」を語ってくださいました。
選者の目線に触れると、自分の歌に足りなかったものが、ふっと見えてくる。この記事では、そのなかから作歌に効くヒントを、吉川さんご本人の言葉とともにご紹介します。
NHK全国短歌大会は、複数の選者がそれぞれの目で作品を選ぶ、国内最大規模の短歌コンクールです。この講座で吉川さんが取り上げたのは、ご自身がかつて選者を務めた回の特選・秀作と、直近の大会で他の選者が選んだ歌の数々。
「なぜこの一首なのか」を、選んだ本人・読んだ本人の視点から語る、めったにない内容です。
全部で十一首が紹介されましたが、この記事ではそのうち四首をご紹介します。残りの歌と、一首ごとの深い読みは、ぜひアーカイブ動画でお楽しみください。
まず吉川さんが繰り返し語ったのが、読者の目に映像が立ち上がるように詠む、ということでした。取り上げたのは、介護のひとこまを詠んだこの歌です。
吉川宏志さん:
「やっぱり短歌ってこう、状況が見えるように作るっていうのは一つ大事なところかなと思いますね。(中略)一つとして、情景が目に見えるように作る、映像が浮かぶように作るというか、それがとても大事かなという気がするんですね。」
同じ「視線の細やかさ」は、風船売りを詠んだ次の歌にも通じます。
風に立つ風船売りは百の糸のひとつをたぐり子に手渡せり
ふつうは色とりどりの風船そのものに目が行くところを、風船をつなぐ「糸」の一本に注目する。その細部への視線が、場面をありありと目に浮かばせます。「何を見つめて詠むか」で、一首の説得力は大きく変わってくるのですね。
投稿作でありがちなのが、悲しい・嬉しいといった気持ちをそのまま言葉にしてしまうこと。吉川さんは推敲の話のなかで、ここに落とし穴があると指摘します。
吉川宏志さん:
「なんかこう、例えば悲しいとか嬉しいとか、そういう感情ですね、それをちょっと言い過ぎちゃってる場合が多いのですね。それで、そういうところをなるべく省略して、感情を書かずに、なんか思いが伝わるように作るのが一つの方法かなっていうことは毎回思いますね。」
その好例として心に残るのが、闘病の場面を詠んだこの一首です。
宇宙船と思えば楽し病室の窓から探す地球の夫
本来なら「つらい」と沈んでいきそうな入院の場面を、病室を宇宙船に見立てて詠む。深刻さを直接嘆くのではなく、まなざしそのものを転換したところに、この歌の強さがあります。
吉川宏志さん:
「本当はね、厳しい状況なんだけど、でも気持ちの上ではとても前向きに歌われていて」
つらさを訴える言葉は一つも使っていないのに、状況の切実さも、それを見つめる強さも伝わってくる。「感情を書かない」ことが、かえって深く届く――そのことを教えてくれる歌です。
質の高い上位作でも、選に残るかどうかを分けるのが「類想」――他の人と発想が重なってしまうことだ、と吉川さんは言います。あるお題で「オオイヌノフグリ」の名前を面白がる歌が十首も二十首も集まった、というご自身の選歌体験を挙げながら、こう語りました。
吉川宏志さん:
「やっぱり自分では特別だと思ってるんだけど、実はみんな同じこと考えてるっていうことはたまにあるような気がしますね。」
吉川宏志さん:
「今回、題詠の場合で、みんなが結構同じような発想で作っちゃうと、やっぱりこう、絶対取れないっていうか。」
では、どうすればいいのか。裏返せば答えはシンプルで、誰かと重ならない、自分だけの発想を大切にすること。その手本として紹介されたのが、ひまわり畑を大胆に詠んだこの歌でした。
ひまわりを「ゴッホ」に、それも「二千人ぐらい」必要だ、と飛躍させる自由な発想。吉川さんはこの歌を「すごく自由で面白い」と評しました。最後のメッセージでも、大切なのは技巧より、自分らしさを素直に出すことだと語っています。
吉川宏志さん:
「個性を素直に出した歌がやっぱりね、響いてくるんですよね。」
一点の具体を効かせる、という意味で吉川さんが「比喩がとってもいい」と評したのが、病床の父を詠んだ次の歌です。
パイプ椅子のごとく冷えたる父の足点滴受くる間をさすりおり
父の足の冷たさを、点滴の待合にある「パイプ椅子」の鉄の冷たさにたとえる。誰もが手で触れた記憶のある感触に重ねることで、体温の失われた足の質感が一気に立ち上がります。
吉川宏志さん:
「その比喩によって、本当に父の足が冷えている感じが伝わってきて、ここの比喩でとてもね、臨場感が出ていて、いい歌だと思いましたね。」
うまい比喩は、説明を一行も足さずに、読者の体感を呼び起こします。何にたとえるか――身近で、けれど誰も詠んでいない一点を探すことが、一首をぐっと生々しくしてくれます。
一首のなかにすべてを説明しきらず、読者に解釈の余地を残す。そんな懐の深い歌として、吉川さんは手紙を思わせるこの一首を挙げました。
吉川宏志さん:
「自分は息を吐く、相手は息を呑むってことで、息が繰り返されて、お互いの息が繋がってる感じ、息で通じ合ってる感じがあって」
そして、この歌の魅力は一つの正解に閉じないところにある、と続けます。
吉川宏志さん:
「いろんな人によって色々な読み方ができるというか、そういう歌で、そういうものが広がりがあっていいんじゃないかなと思いますね。」
すべてを言い切らないことで、読む人それぞれの物語が立ち上がる。「余白」もまた、一首の強さになるのですね。
投稿前につい手を入れすぎてしまう――そんな方に、吉川さんは推敲の「兼ね合い」の難しさを率直に語ります。
吉川宏志さん:
「あんまり推敲しすぎちゃうと良さが減っちゃう部分はあるんですよね。」
細かなミスは直したい。けれど、最初に「これ面白い」と感じたときのひらめきは、磨きすぎて消してしまわないほうがいい。だからこそ――
吉川宏志さん:
「その直感的な発想はとても大事にした方がいいと思いますね。」
作ったあと数日おいて読み返し、「ここは伝わりにくいかな」という箇所だけを整えていく。直感を残しながら磨く、そのさじ加減こそが推敲のコツなのですね。
質疑応答では、投稿者に向けた具体的な勉強法も語られました。大会後に届く入選作品集を、自分の歌の掲載ページだけ見て終わりにしないこと。むしろ、選者がどんな歌を選んだのかを追うことが力になる、と吉川さんは言います。
吉川宏志さん:
「自分の歌だけ見ないで、選者がどの歌を選んでるかっていうのを見るのはやっぱり大事なんじゃないかなっていう気はほんとにしましたね。」
吉川宏志さん:
「上位で何を選んでるかっていうのを見ていくってのはとても勉強になるんじゃないかなっていう気が、やっぱり改めてしました。」
選ばれた歌には、選ばれた理由がある。それを自分の目で探していく作業は、次の一首をつくる何よりの稽古になります。まずはこの講座で、選者・吉川さんの「選ぶ理由」に耳を傾けてみてください。
ここでご紹介できたのは、講座のごく一部です。動画では、今回取り上げた4首のより深い読みに加え、大会大賞に輝いた歌、解釈が幾通りにも広がる歌、比喩が鮮やかに効いた歌など、全11首を吉川さんの語りでじっくり味わえます。「選んだ本人が、なぜその一首を選んだのか」を聞ける時間は、そのまま「自分の歌に何が足りないのか」を映す鏡になります。
講座「選者が語る・NHK全国短歌大会―歌人 吉川宏志さん」は、無料アーカイブでご覧いただけます。投稿を考えている今こそ、選者の目線に触れてみてください。
吉川宏志さんさんは、この第28回NHK全国短歌大会の選者のお一人です。講座で語られたヒントを胸に、ぜひご自身の作品を投稿してみませんか。自由題2首、または自由題2首+題詠1首の3首1組で応募できます。今回の題詠は「間」。連作でじっくり自分を描く「近藤芳美賞」(新作15首1組)もあります。
投稿締切は2026年11月16日(月)。ネット投稿は当日23:59まで、郵送は同日必着です。「うまく詠めない」の壁を越える一歩は、まず一首を送り出すことから始まります。あなたの個性が生き生きと現れた歌を、選者一同、心待ちにしています。