第28回NHK全国短歌大会の作品の募集が始まりました!
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これから題「間」で作歌する方に向けて、大会選者の東直子さんに題詠の作品作りのヒントとなるような例歌を紹介していただきました。
題詠という決められた言葉を組み込んで歌を作るということ。少し無理をした歌作りのように感じる方もいるかもしれません。私も初めて題を与えられた時は少し戸惑いましたが、題の言葉を探っていくことで引き出される感情や記憶があり、想像を広げるためのきっかけになることもありました。今回の題「間」という題を通じて新たな扉を開くように、あなただけの作品を作ってもらえたら幸いです。
「間」一文字で「ま」や「あいだ」などと読ませて使ってもいいですし、「時間」「間隔」「居間」など、熟語の中に取り入れてもOKです。いくつか例歌をご紹介します。
螢田てふ駅に降りたち一分の間(かん)にみたざる虹とあひたり
小中英之『翼鏡』
螢田は、小田急線に実際にある駅名です。そこで虹を見たけれど、一分も経たないうちに消えてしまったのです。それを「虹にあひたり」という角度で捉え、独自の詩情が生まれました。又、「一分間」ではなく「一分の間(かん)」と表現することで、「一分」という時間を特別な時間として際立てています。
角砂糖ガラスの壜に詰めゆくにいかに詰めても隙間が残る
香川ヒサ『テクネー』
こんな経験をした方もいるでしょう。日常的な些細な気づきを短歌として表現することで「隙間」の意味合いが深まります。どんなに工夫してもできてしまう「隙間」は、人間関係を暗示するようです。
野に遊ぶ子らのひとりが駆けてきて大人のわれに時間を訊けり
松村正直『やさしい鮫』
時計を持たない子どもが「今何時?」などと時間を訊きにきました。なにげない場面ですが、ここに「大人のわれに」がわざわざ入っているところがポイントです。普段私たちは、先達の大人が考案した時計を当たり前に使って行動しています。果たしてそれを疑う予知はないのだろうか、という哲学的な問いが歌の背後から聞こえてくるようです。
時間という樹を切るときの鋸屑はどこに降るのか 油蟬鳴く
田村穂隆『霧に貌』
この歌では時間という概念を一本の樹に例えています。形を持たないものに、なんらかの形で目に見えるものにすることで、確かな実感が加わります。ここでは時間が過ぎ去ることが鋸屑(のこくず)として描かれているので、残酷さをはらんだ喪失として時間を捉えることができます。さらに結句で夏の時間を象徴する油蝉の鳴き声が聞こえてきて、じりじりと過ぎていく時間を彩っています。
人間も材料ならばひんやりと冷たい粘土になりたかった
寺井奈緒美『アーのようなカー』
「人間」という語にも「間」があります。なぜこの文字が使われているのか、急に気になってきました。この歌では人間を物理的に捉えて、冷たい粘土になりたいという特殊な願いに帰結しています。奇抜な発想ながら、さみしさを伴う手触りが残ります。
短歌という器には、不思議な魔力があると思っています。あなたの感性を自由にぶつけて、言葉の新しい可能性を短歌で探ってみて下さいね。
新しい発見に満ちた魅力的な作品をお待ちしています。
記事で語られたヒントを胸に、ぜひご自身の作品を投稿してみませんか。自由題2首、または自由題2首+題詠1首の3首1組で応募できます。
投稿締切は2026年11月16日(月)。ネット投稿は当日23:59まで、郵送は同日必着です。「うまく詠めない」の壁を越える一歩は、まず一首を送り出すことから始まります。あなたの個性が生き生きと現れた歌を、選者一同、心待ちにしています。