コラム|NHK学園 生涯学習通信講座

たった一文字で歌が変わる——第28回NHK全国短歌大会の選者が解説する「てにをは」の極意

作成者: Admin|2026.7.16

 自分の歌がどこか平凡に感じる。言いたいことは合っているのに、なぜか心に響かない——。そんな壁にぶつかっていませんか?
入門書にもあまり書かれていないこの問題を、過去に実施したNHK学園のオンライン短歌講座「永田和宏&松村正直 現代短歌セミナー 作歌の現場から」りご紹介します

同講座は、短歌講座の監修者であり、第28回NHK全国短歌大会選者の永田和宏さんと、短歌友の会選者の松村正直さんが毎回ゲストの歌人を迎え、一つのテーマについて議論する講座です。

ゲストへの「4つの質問」(歌を始めたきっかけ、大切にしていること、選歌で重視すること、自戒していること)から始まり、3名がそれぞれ持ち寄った歌を鑑賞しながら、テーマを掘り下げていきます。

歌の作り方に「正解」は一つではないこと──多様な考え方があることを、プロの歌人同士の生きたやりとりから体感できます。


2024年4月に開催された 本講座、ゲストは歌人で大会選者の大辻隆弘さん。※「辻」は一点しんにょう

テーマはてにをはの使い方」。

 

「歌壇新聞」でてにをはについての連載を続けてきた大辻隆弘さんを、永田さんいわく「現在の短歌の世界の中ではてにをはというものに対して一番意識的に取り組んでおられる歌人」と称しています。

セミナーでは3人がそれぞれ3首ずつ、計9首の歌を持ち寄り、一首一首に潜む助詞の働きを丁寧に読み解いていきます。この記事ではその中から4首をピックアップして、選者ならではの視点をご紹介します。

名歌を読み解きながら作歌の秘訣を語り合いました。「の」「を」「て」——助詞ひとつで歌の表情ががらりと変わる。大会選者だからこそ語れる、推敲の核心に迫るセミナーの一端をお届けします。 

大会選者が語る── 作歌のポイント3つ

ポイント1:「て」一文字が、歌の構造を決める

最初に取り上げられたのは、国語の教科書にも載る斎藤茂吉の名歌です。

のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり
斎藤茂吉『赤光』

松村さんは、この歌の3句目「にゐて」の「て」に注目します。上の句では梁にとまるツバメの姿を、下の句では死にゆく母の姿を詠んでいる。本来まったく関係のない二つの情景が、「て」という接続助詞一つで結ばれている——。そこに歌の力がある、と指摘しました。

松村正直さん:
「改めて内容を考えると、上の句はオスとメスのツバメが家の中の梁に止まっているっていう情景を描いていて、下の句では自分を産みの母がまさに今こう死んでいくところを読んでいるわけですよね。だから上の句と下の句って本来は全く関係がないし、全然レベルの違う話なわけですけれども、それがこの『にゐて』という接続助詞で非常にこう、ある意味強引につなげられている」

これを受けて大辻さんは、「逆接でつなぎたくなるところを、茂吉は並列の『て』でぽんと置いている」と指摘。生と死のコントラストをあえて理屈で説明しない大胆さが、読者の想像力を引き出すのだと語りました。

大辻隆弘さん:
「茂吉は比較的豪胆に、大胆にぼんと2つのものをもっと目の前に投げ出すように押して置いている。そしてその投げ出したことによって、この2つというものの象徴的な関係っていうかな、そういうのが読者のほうが考えたり、茂吉自身が考えていなかったにしろ、こちらのほうが考えちゃうっていうね」

さらに永田さんは、下の句「母は」の「は」にも目を向けます。「たらちねの母死にたまふなり」とすれば7音で収まるのに、あえて字余りにしてでも「は」を入れている。この「母は今死にたまふなり」という「は」の強さが歌を支えているのだ、と。

歌会では「3句の『て』は説明的になりやすいので避けたほうがいい」と言われることがあります。しかし茂吉のこの歌は、原因と結果の関係にならない「て」だからこそ成立している——。「て」の使い方次第で、歌の奥行きはまるで変わるのです。

ポイント2:ロジックを手放すと、歌が生きはじめる

セミナーでとりわけ熱のこもった議論が交わされたのが、佐藤佐太郎の歌でした。

冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の瀧みゆ
佐藤佐太郎『形影』

永田さんが指摘したのは、「庭にいでて」の「て」がどこにもつながっていかない不思議さです。「庭に出て——」と読み進めると、読者は「出て何をしたのか」を期待する。ところが続くのは「風にかたむく那智の瀧みゆ」という叙景。庭に出た自分の行為と、滝が見えたという知覚に、論理的なつながりがない。

永田和宏さん:
「庭に出てまでは庭に佐太郎が出たことが自分の意志なんだけど、見ようと思っていなかったんだけど、グッとそこに那智の滝が見えたんだね。この庭に出たことと見えたっていうことの間に、論理的な繋がりも目的意識も何もない。そこに佐太郎にとっての詩がある

大辻さんは、この「ねじれ」に生きた時間の感覚を読み取ります。

大辻隆弘さん:
「自分がこう庭に出ましたよっていう意識から、さあ、話として庭に出ましてと思っていたら、ふっとさりげなく滝が目に入ってきたっていうね。そういう何か生きている時間みたいなものに即して、この歌の言葉から言葉へと流れがある感じがするんですね」

ここで大辻さんは、初心者がよく陥る落とし穴にも言及します。

大辻隆弘さん:
「国語教育の散文の文章の作り方と決定的に違うんですよ。僕らも学校教育の現場ではそういう散文を書いて、ちゃんと自分の論理が通じるようにという教育をするわけですよ。でも、佐太郎の作歌法っていうのは完全にそれに対してアンチな立場で作っている。学校の作文と同じように書いちゃうっていうところがあって、すごく論理立てた形で書いてしまう」

論理的に正しい文章を書くことと、歌を詠むことは違う。自分の意識が揺れ動いた瞬間を、ロジックで整理してしまうのではなく、その揺れのままに言葉を置いてみる。永田さんはそれを「ファーストインプレッションに戻る」と表現しました。

永田和宏さん:
「自分の意識の流れがどうなっているのかっていうところをもう一度元に戻って、ロジックでこういう文法でこういう構成にするというのではなくて、もう一回元に戻ってみるという、その意識は歌を作る時にすごく大事なんだと思っていて」

ポイント3:「を」一文字で、見慣れた景色が別世界になる

もう一首、佐太郎の代表歌が登場しました。

夕光のなかにまぶしく花みちてしだれ桜は輝を垂る
佐藤佐太郎『帰潮』

永田さんが「この一首の中で一番すごい力技」と語るのが、結句「輝を垂る」です。「枝垂れ桜がかがやいている」ではなく、「輝」そのものを桜が垂らしている——「を」という助詞一文字が、動詞「垂る」を他動詞に変え、光を手でつかめるもののように描き出します。

大辻隆弘さん:
輝きのツブツブがなんか桜の枝からこぼれ落ちるようなね、そのイメージが読者のほうに立ち上がってくるでしょう。見慣れた光景なんだけど、『輝を垂る』っていうふうにこうやって言われることによって、その光景がちょっと違う世界の光景に見えてくる」

大辻さんはさらに、この結句を際立たせるための「脱力」にも注目しました。「夕光のなかにまぶしく花みちて」と、上の句はあえて力を抜いた描写が続く。その穏やかな流れがあるからこそ、最後の「輝を垂る」がぐっと締まる。この呼吸がたまらない、と。

私たちが同じ情景を詠んだら、「輝きており」「輝く桜」くらいで落ち着いてしまうでしょう。けれども佐太郎は「を」一文字を挟むことで、枝垂れ桜という見慣れた存在を、光のシャワーを降らせる別次元の存在に変えてしまった。「を」の力を知ると、助詞を選ぶ一瞬が、歌のハイライトになることがわかります。

ポイント4:「名詞1年、動詞3年、てにをは10年」——推敲の先にある楽しみ

セミナーの最後、大辻さんは「てにをは」を学ぶことの楽しさを、こんなふうに語りました。

大辻隆弘さん:
「自分の歌ができるじゃないですか。なんとなく平凡だなとか思うって思いますでしょ。それで、こちらはそこで推敲するじゃないですか。ちょっとてにをはを変えてみる。そうするとね、今まですごく平凡だった表情が、何かちょっと変わったような感じになる。何かこう、ハンドルの遊びみたいなものがふっとできるような感じがする

小池光さんの言葉として「名詞1年、動詞3年、てにをは10年」というフレーズも紹介されました。名詞のかっこよさは1年で分かる。動詞は3年で使いこなせる。でも、てにをはの微妙な味わいを自分の歌に活かせるようになるには10年かかる——。そしてその境地にたどり着いたとき、短歌はやめられなくなるのだ、と。

永田和宏さん:
「てにをはというのは基本的に言葉と言葉の関係性を規定するもんだと思うんですよ。もっと言うと、私と対象との関係を規定するものがてにをはで。意識のほうをむしろもう一回見直すことで、てにをはが不思議な面白い使い方になってくる」

てにをはを変えることは、単なる言葉の入れ替えではない。自分の心の動きをもう一度見つめ直すことなのだ——。選者お二人の言葉は、私たちが次の一首を推敲するときの道しるべになるはずです。

アーカイブ動画のご案内

この記事でご紹介したのは、セミナーで語られた内容のほんの一部です。実際の講座では、計9首の歌について、3人の歌人がそれぞれの読みをぶつけ合いながら、助詞一つひとつの機微を丁寧に解きほぐしていきます。

たとえば、相良宏の歌に潜む「つつ」の脱力感が醸し出す悲しみ、高野公彦の歌における「に」の両義性——順接にも逆接にも読める微妙さが生む余韻、そして口語短歌の終助詞「ね」「よ」が生み出す独特の磁場。「近現代短歌は独り言の文体だったのに、口語短歌はそうじゃない」という大辻さんの指摘からは、文語と口語の本質的な違いが浮かび上がります。記事では触れきれなかった歌と議論が、動画にはまだまだ詰まっています。

大会選者が名歌の「てにをは」を一首ずつ読み解いていく贅沢な時間。3人の歌人が同じ一首をめぐって異なる読みをぶつけ合う臨場感は、活字では味わえません。自分の歌の推敲にすぐ活かせるヒントが、きっと見つかるはずです。

 

あなたの一首を、選者に届けませんか?

今回の講座で「てにをは」の奥深さを語ってくださった永田和宏さん、大辻隆弘さんは、第28回NHK全国短歌大会の選者でもあります。この講座で語られた「意識の流れに忠実に」「ロジックではなくファーストインプレッションに戻る」——そうした視点を持つ選者に、あなた自身の一首を届けてみませんか。

てにをは一つで歌の表情は変わります。推敲を重ねたあなたの一首を、ぜひお寄せください。

投稿締切:2026年11月16日(月)

第28回NHK全国短歌大会の詳細・投稿はこちら