コラム|NHK学園 生涯学習通信講座

暗喩と直喩 比喩のさまざま~比喩は細い糸ー永田和宏・松村正直・吉川宏

作成者: Admin|2026.7.16

 「比喩って飛躍が大事だから、全然違うものを結びつければいいと思い込みがちなんだけど、実はそうでもなくて」――そう語るのは、歌人・吉川宏志さん。現代短歌において「比喩の名手」と広く認められる歌人です。 
入門書にもあまり書かれていないこの問題を、過去に実施したNHK学園のオンライン短歌講座「永田和宏&松村正直 現代短歌セミナー 作歌の現場から」りご紹介します

同講座は、短歌講座の監修者であり、第28回NHK全国短歌大会選者の永田和宏さんと、短歌友の会選者の松村正直さんが毎回ゲストの歌人を迎え、一つのテーマについて議論する講座です。

ゲストへの「4つの質問」(歌を始めたきっかけ、大切にしていること、選歌で重視すること、自戒していること)から始まり、3名がそれぞれ持ち寄った歌を鑑賞しながら、テーマを掘り下げていきます。

歌の作り方に「正解」は一つではないこと──多様な考え方があることを、プロの歌人同士の生きたやりとりから体感できます。

 

2024年10月開催された 本講座、ゲストは歌人で大会選者の吉川宏志さん。テーマは直喩と暗喩、比喩のさまざま

 与謝野晶子、前田夕暮、塚本邦雄、岡井隆、上田三四二、栗木京子、福士りか、そして吉川宏志さん自身の歌まで――3人がそれぞれ3首ずつ、計9首を選び、実作を読み解きながら「比喩とは何か」を多角的に語り合いました。この記事では、そのなかから3首の議論を抜粋してご紹介します。 

大会選者が語る── 作歌のポイント3つ

ポイント1:まずは比喩が「鮮やかに決まる」楽しさを味わう

食パンの上にレタスを置くやうに街にゆふべの冷気降りくる
栗木京子『新しき過去』

サンドイッチを作るとき、食パンの上にレタスをそっと置く。あのひんやりした感触と、夕暮れどきに街へ静かに降りてくる冷気。この歌は、まったく別の世界にあるふたつの感覚を「ように」の一語で鮮やかに重ねてみせます。

吉川宏志さん:
「これはね、逆に比喩がすごく分かりやすい歌というかね、ぴったりこう合うという歌なんですけども。『食パンの上にレタスを置く』冷たい感じと、『街に冷気が降りてくる』というのがすごくうまく重なり合っていて、比喩がこう鮮やかに決まるというかね、そういうところも割と好きなんです」

松村正直さん:
「こういうのは直喩で1本という感じですよね、鮮やかさがありますよね。1本勝ちみたいな感じで。やっぱり『食パン』と『街』という、全然カテゴリーが違うものを比喩で喩えているというところと、大きさが全然違うわけですよね。ある種のミニチュアとかジオラマみたいな良さを感じるんですよ」

永田さんからは「栗木さんの歌としてはあんまり上等の歌ではない」と辛口の評もありました。比喩がぴったりすぎて「広がり」が生まれにくい、というのがその理由です。しかし吉川さんは、こう応じます。

吉川宏志さん:
「やっぱりこういうところが最初は大事かなと思うんですよ。比喩の歌を作る時に、最初からあんまり全く違うものをくっつける歌というのは、逆に最初から目指すのはどうかなというのがあって。ぴったりの比喩ができた時にすごく嬉しいんですよね。それがやっぱり歌を作る時の最初の楽しさというか、醍醐味なので、そこはあんまり否定しない方がいいんじゃないかな」

「ぴったりの比喩を見つけた!」という手応え。それは比喩づくりの原点であり、上達への入り口だと吉川さんは言います。まずは鮮やかに決まる一首を目指してみる――それが比喩の基本編です。

ポイント2:読者を巻き込む「暗喩的な直喩」という技法

画家が絵を手放すように春は暮れ林のなかの坂をのぼりぬ
吉川宏志『青蟬』

「画家が絵を手放すように春は暮れ」。画家が自分の作品を手放す寂しさと、春が終わっていく感覚を重ね合わせた一首です。ところが、この比喩は「似ているもの」を並べただけでは説明がつきません。

永田和宏さん:
「僕はね、比喩というのは、もう一つの解釈しかないようなら使わなくてもいいと思っていて、比喩自身がある種の膨らみを持つような比喩というのはとても魅力的で、この歌はまさにそういうこと。どんな風に春は暮れるんだということを誰も説明できないんだけど、『画家が絵を手放すように』ね。でもやっぱりそういう感じが春は暮れていく時の形にある」

永田さんはこの歌を「暗喩的な直喩」と評しました。「ように」を使っているから形式上は直喩。しかし、その比喩が何を意味するかは読者自身が想像力を巡らせなければ届かない。作者が「こういう意味です」と手渡すのではなく、読者がその比喩の中に自ら入っていく――それが「暗喩的な直喩」の力です。

吉川宏志さん(制作裏話):
「これは本当にね、上の比喩が先にできちゃったんですよ。『画家が絵を手放すように』というフレーズが先に来て、そこからこれをどういう風に歌にするかですごく悩んで。1年間くらいかかった。最初は恋の歌っぽい感じで作っていたんですね。でも恋の歌にしてしまうとベタベタというか、甘くなりすぎちゃう。それで最後に『林のなかの坂をのぼりぬ』に辿り着いた」

比喩のフレーズが先にあり、そこから1年かけて一首を完成させた。下の句をあえて比喩から突き放し、ただ坂を登る動作だけを置く。永田さんはこの「落とし前をつけない」結句の持っていき方を「素晴らしい」と評しました。比喩は「決める」だけでなく、「読者に委ねる」こともできる。その応用編がここにあります。

ポイント3:経験に根ざした比喩は、歌を超えた人生を見せる

除雪機の排雪筒に詰まりたる雪を掻き出す摘便のごと
福士りか『大空のコントラバス』

除雪機を動かしていると、排雪筒が雪で詰まる。指を突っ込んで掻き出す、その動作を「摘便のごと」と喩えた一首。摘便とは、介護や看護の現場で便を指で掻き出す行為のこと。雪という清らかなものと「便」という生々しいもの。その対比のインパクトに、セミナーでも議論が白熱しました。

松村正直さん:
摘便を知らない人は絶対この比喩を使いませんから。だから、単に2つが似ているというだけじゃなくて、作者にとってその『摘便』というのを見たりしたりするという場面がかつてあったんだということが、この歌から見えてくる。そこがすごいんじゃないかなと思って選んできました」

吉川宏志さん:
「これはやっぱり比喩の方がすごく大事なんですよ。普通だったら喩えられるものの方に重点があるんだけど、これは『摘便のごと』という、そっちの方に深く想いがこもっている。多分誰かの介護をされて摘便をしたことがあって、その時の感触、手触りが、雪を出す時にまざまざと蘇ってきたんでしょう」

比喩は「似ているものを見つける」技術だと思われがちです。しかしこの歌が教えてくれるのは、比喩が作者の人生経験そのものを映し出すということ。「摘便のごと」は単なる技巧ではなく、介護の記憶という深い経験があってはじめて生まれた言葉です。自分だけが知っている感覚、自分の身体を通った経験――それこそが、他の誰にも真似できない比喩の源泉になるのです。

比喩の本質:「細い糸」を見つけること

セミナーの終盤、吉川さんは比喩の本質についてこう語りました。

吉川宏志さん:
「何でも結びつければいいものでもないんですね。全然違うんだけども、なんとなくこう直感的に繋がりがあるというかね、そこの何か細い糸を見つけるというか、それがすごく面白い。あんまりぴったりすぎてもちょっと分かりやすすぎるし、あんまり遠すぎると全然合わない。目に見えない繋がりを見つけることが比喩なのかなと感じます」

永田さんも、佐藤信夫さんの言語学の知見を引きながら、比喩の意義をこう語ります。

永田和宏さん:
「直喩というのは似ているものを結びつけるのではなくて、物の新しい見方、新しい関連・類似性を見出すものなんだ。それまで気がつかなかった物の見方を教えてくれる。歌を読む時の楽しみであって、このことによって世界を認識する見方が我々読者の中に獲得されていく」

近すぎず、遠すぎず。そのあいだに張られた「細い糸」を見つけること。それが比喩の面白さであり、難しさでもある。この感覚は、実際の歌を読みながら3人の議論を追うことで、より深く体感できるはずです。

アーカイブ動画のご案内

この記事でご紹介したのは、90分のセミナーのごく一部です。セミナーでは計9首の歌を取り上げ、与謝野晶子の名歌から塚本邦雄の前衛短歌、岡井隆の暗喩まで、3人の歌人が縦横に語り合いました。

とりわけ印象的だったのは、一つの歌に対して3人の読みが分かれる場面。「いい歌だ」と「マルは付けない」が同時に飛び交い、その理由を具体的に言語化していく議論は、選歌や批評の実践として圧巻です。比喩の歌を詠みたい方にも、選歌の目を鍛えたい方にも、繰り返し見ていただきたい内容です。

また、吉川さんが代表作「画家が絵を手放すように…」の制作裏話を語る場面や、永田さんが「暗喩と直喩の違いは読者の参加だ」と持論を展開する場面など、記事では伝えきれない熱量がそこにはあります。吉川さんの「比喩を作る時って遊び心が大事」という言葉が示すように、セミナー全体が比喩への好奇心に満ちた時間でした。ぜひ動画でその空気を体感してください。


ご投稿のご案内

このセミナーで比喩の奥深さを語った永田和宏さん・吉川宏志さんは、第28回NHK全国短歌大会の選者です。「地味だけど味わい深い歌を見逃さない」と語った吉川さん、「物の新しい見方を示す歌に出会いたい」と語った永田さん。おふたりの目に、あなたの一首はどう映るでしょうか。

今回のセミナーで学んだ「鮮やかに決まる比喩」「読者に委ねる比喩」「経験に根ざした比喩」――その一つでも自分の歌に取り入れて、ぜひ大会にご投稿ください。

投稿締切:2026年11月16日(必着)

第28回NHK全国短歌大会の詳細・ご投稿はこちら